ア 重複障害とは


「重複障害者」とは、「複数の種類の障害を併せ有する児童又は生徒」(特別支援学校幼稚部第3章指導計画の作成に当たっての留意事項第2の4、小学部・中学部学習指導要領第Ⅰ章総則第2節第4の2の(2)、特別支援学校高等部学習指導要領第Ⅰ章総則第2節第4款5の(2))であり、原則的には学校教育法施行令第22条の3において規定している程度の障害を複数併せ有する者を指しています。しかし、実際の指導に当たっては、その必要性から必ずしもこれに限定される必要はなく、言語障害、自閉症、情緒障害等を併せ有する場合も含めて考えてよいことになっています。
以下に重複障害児童生徒に係る平成20年度の統計を表1に記します。

表1 特別支援学校(設置学級基準)障害種別学級数及び在籍者数
                                        -国・公・私立計-(平成20年5月1日現在)特別支援学校(設置学級基準)障害種別学級数及び在籍者数
※この表は、設置されている学級の障害種別を基準に分類している。 (出典:文部科学省「特別支援教育資料」平成20年度)

重複障害者に対する教育は、世界的にも盲ろう者(本稿では、視覚と聴覚の両方に障害を有する者を「盲ろう者」と表記する。かつては「盲聾者」と表記することが多かったが、社会福祉法人全国盲ろう者協会が平成3年に設立されて以来、「盲ろう者」という表記が広く使われるようになった)に対する教育から始まったとされています。ヘレン・ケラーとサリバン先生との教育の営みはあまりにも有名です。我が国においても、山梨県立盲学校(昭和23年(1948年))における盲ろう児への教育が重複障害教育の始まりとされています。
重複障害者には感覚障害と知的障害を伴っている者や感覚障害と肢体不自由を伴っている者、肢体不自由と医療的なケアを要する者などその障害の様相は多岐にわたっています。さらにこうした重複障害者は、その障害の実態は重度化している場合も多く、特別支援教育の分野では「重度・重複障害者」という用語を用いることもあります。
「重度・重複障害」の規定については、昭和50年(1975年)3月、「重度・重複障害児に対する学校教育の在り方」が報告され、この中で重度・重複障害児の範囲を、a)学校教育法施行令第22条の2(現行の第22条の3)に規定する障害を二つ以上併せ有するもの、b)発達的側面からみて、精神発達の遅れが著しく、自他の意志の交換及び環境への適応が著しく困難な者、c)行動的側面からみて、多動的傾向等問題行動が著しい者で常時介護を必要とする程度の者を加える、と規定しています。このことから、重度・重複障害の概念は障害種が重複しているだけでなく、発達的側面や行動的側面からも規定していることに留意しておくべきです。
昭和54年(1979年)に養護学校の義務制が実施され、それまで就学義務の猶予・免除の扱いを受けることが多かった重度・重複障害児の就学率が大きく向上することになりました。義務制以前の昭和53年の99.94%だった就学率(義務教育対象年齢者のうち実際に就学している者の割合)が、義務制当初の昭和54年には99.98%と増加し、平成20年には、99.999%(義務教育対象年齢者約1,078万人のうち障害により就学猶予・免除を受けている者は58人)となっています。(文部科学省「特別支援教育資料(平成20年度)」による)

  イ 重複障害がもたらす種々の困難


重複障害がもたらす困難について考える場合、以下三点に分けて整理する必要があります。第一点は、重複して有する障害一つ一つがもたらす種々の困難。第二点は、それら障害が重複した場合に追加・増幅される困難。第三点は、重複障害がもたらす困難を理解していないために不適切なかかわりを周囲がしてしまうためにもたらされる困難です。
第一点の各障害の困難については、本書の他項を参照してください。
まず、幼児児童生徒が有する各障害についての基本的な理解と主要な支援方法を押さえておくことが基礎になります。軽度な障害を重複している場合は、一つ一つの障害にかかる配慮事項を参考にしながら、幼児児童生徒の様子を丁寧に観察することによって、どのような困難があり、どのような支援が必要かの手掛かりを得ることができます。
第二点ですが、特に重度の障害が重複すると単に困難が加算的に「追加」されるだけでなく、相乗的に「増幅」されるということを理解することが重要です。その大きな理由は、単一障害の場合に用いられる主要な支援方法の多くが、障害を受けていない他の機能に依存あるいは他の機能によって補っているからです。例えば、視覚障害によって外部の情報が得にくくなった場合、すべての授業及び学校における社会生活において、聴覚や触覚に依存して大量の情報が伝えられます。一方、聴覚障害の場合は、コミュニケーションも情報の提供も圧倒的に視覚に依存しています。視覚障害と聴覚障害が重複した者の場合、特別支援学校(視覚障害)と特別支援学校(聴覚障害)で用いられている教育方法、社会関係を育成する方法を用いることが極めて困難になり、独自の配慮を工夫し、そしてより長い時間をかけることにより、初めて適切な教育を行うことができます。
同様に、肢体不自由のために自らの動きを通して体験をすることが困難な場合は、視覚や聴覚等他の感覚を使った周囲の観察やビデオ教材等によって、日々の学校生活の中で自然と新しい概念を学んだり、授業の中で世界の理解を広げたりすることが可能ですが、視覚障害と肢体不自由を併せ有する場合、このような観察による学習が極めて困難になります。また、音声による表現が困難な肢体不自由のある幼児児童生徒は、実物を見つめたり、写真や文字盤の文字を目線で選んだりして目を使った表現方法を使う場合が多くあります。視覚障害の場合、これらは不可能になります。さらに知的障害が加わることによって、聴覚と触覚から得られる限られた情報の意味を理解したり、記憶したり、因果関係を整理したりする困難が何倍にも増幅されます。これら複数の障害により追加・増幅された困難を越えて行くためには、一つ一つの障害についての整理だけでなく、複数の障害が重複するために新たに表れる困難を整理する必要があります。その上で、一人一人に確実に届く情報の提供、表現しやすいコミュニケーション方法の選択、理解を助ける教材の用意等を行うことがに不可欠になります。
最後に第三点の周囲の人の重複障害への理解がないためにもたらされる困難です。その困難の原因は大きく三つに整理できます。1)一つの障害についてのみの知識及び理解だけで教育を行ってしまう場合;2)複数の障害についての知識と理解はあるが、障害が重複した場合に追加・増幅される困難を理解していない場合;3)最後は、特に重度・重複障害の幼児児童生徒に生じやすい状況ですが、生活すべてにおいて介助を必要とする状態にあり、しかも周囲には分かりにくい表現方法しかもっていない場合、その幼児児童生徒の潜在的能力は極めて低く見なされがちになってしまいます。そのために幼児児童生徒の自発的、自立的成長がそれによって阻まれてしまうという困難です(新しい「自立」についての考え方は、後述します)。どのように障害が重度で重複していても、生きている限り、私たち人間は主体的に、人と環境にかかわり合いたいという根源的な欲求をもって生きています。「障害児・・・」ではなく、まずは「一人の人間・・・」ということを常に忘れずに、日々の幼児児童生徒との関係を深めていくことが重要です。

  ウ 重複障害児の多様な教育の場


特別支援学校の義務制実施は、その背景に全員就学という理念があり、いずれの特別支援学校においても、障害が重く、かつ(又は)障害が重複している子どもを受け入れることになり、結果として特別支援学校における重度化、重複化の傾向が著しくなってきているという実態をもたらしています。
現在は、重複障害のある児童生徒に対する教育形態として、

  • a)特別支援学校において、単一障害のある児童生徒と混合して教育を行う形態
  • b)特別支援学校において、重複障害学級を設けて教育を行う形態
  • c)家庭や病院等へ教員を派遣して教育を行う訪問教育の形態 

があります。
また、児童福祉施設(知的障害児施設、盲ろうあ児施設、肢体不自由児施設、重症心身障害児施設等)や医療関係施設(病院、診療所等)の入所児に対しても、学校教育が行われていますが、その形態として

  • a)施設入所児のみを対象とした特別支援学校が施設に隣接して設置されている場合
  • b)施設内に特別支援学校の分校又は分教室が設置されている場合
  • c)特別支援学校から派遣された教員によって、施設内で訪問教育を行う場合
  • d)施設から特別支援学校へ通学する場合

があります。
特別支援教育においては、障害種を越えた特別支援学校という教育の場が設けられています。重度の視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由のある幼児児童生徒や、病弱の幼児児童生徒に配慮した総合的な教育の場であり、重複障害のある幼児児童生徒の場合も特別支援学校に就学することになります。重複障害のある幼児児童生徒のための適切な教育カリキュラムについては、今日まで様々な試みがなされていますが、課題も少なくありません。大きな課題の一つに「個々の教育的なニ-ズ」や「インクル-シヴな教育」といった考え方にどのように対処していくか、ということが挙げられます。  
今後は、これらの課題を踏まえながら新しい特別支援教育の中で、重度障害のある幼児児童生徒にとっての最善の教育を行う努力が進められていく必要があります。