ア 基本的な配慮事項


文部科学省の就学指導資料(2002)では、選択性かん黙は、「発声器官等に器質的・機能的な障害はないが、心理的な要因により、特定の状況で音声や言葉を出せず、学業等に支障がある状態」を指しています。
また、アメリカ精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引(2005)においては、「他の状況では話すことができるにもかかわらず、特定の社会状況では一貫して話 すことができない。(略)この障害の持続期間は少なくとも1ヶ月」と定義され ています。
つまり、言語能力には問題がないのに、話すことができない状態をいい、選択性かん黙の選択とは、話ができる場面や人を本人が選択していることから、場面かん黙ともされています。特に、選択性かん黙の児童生徒のケースでは、家や家族とは問題なく話すことができるのに、学校では話せないことが多く、深刻なケースでは、全かん黙という状態となり、ある期間全ての場面で全く言葉を発しない場合もあります。さらに人前で口を開けることも嫌がり、給食もほとんど口にしないような例もあります。
また同資料の自閉症・情緒障害教育が対象としている不登校は、本人が登校しなくてはいけないと意識しているにもかかわらず、心理的や情緒的な理由によって登校できず、家に閉じこもっているような状態を指しています。さらに同資料では、その他の情緒障害として、チックや偏食、夜尿、指しゃぶり、爪かみといった情緒の未成熟や心理的な要因が強く関与しているものも挙げています。
このようなタイプの自閉症・情緒障害は、示している行動こそ異なっていますが、何らかの心理的要因が大きく関与していることは共通していることです。ですから、学校における基本的な配慮事項は、対象の児童生徒と信頼関係をつくることや、安心できる場や時間を提供することになります。
例えば、今にも襲いかかってきそうなライオンが側にいた場合、恐ろしくて、私たちは、物を食べる行為など決してできないと思いますが、もしかしたら、選択性かん黙の児童生徒は、そのような状態と同じような状態、つまり、周囲が思っている以上にかなり緊張した状態に置かれていると考えることが重要です。ですから、配慮事項としては無理に話をさせようと強要しないことです。それよりは、学校という緊張状態を強いられる場において、本人が仲良くなれそうな教師など特定の人物と信頼関係を形成することが先決で、信頼関係のできた人とは、例えば、筆談でもコミュニケーションができるという安心感をもつことが重要になります。

  イ 選択性かん黙の指導の要点


かん黙の指導における観点として、坂野(1989)は、対象の児童生徒に直接アプローチする方法と、家庭と学校場面での人間関係の違いから発症していることを考えて、家庭への働きかけや集団へのアプローチが必要であると述べています。
従来、教育現場では、対象の児童生徒が少しでも話せるようにと、一生懸命働きかけることが多かったのですが、むやみに働きかけて逆に萎縮させるより、本人の心理的な要因を少しでも軽減するために、家庭や周囲の児童生徒への働きかけも必要ということです。
通常の学級の担任には、対象の児童生徒が学習や当番活動をする際、話せないのは分かっているけど、本人に対して、例えば、全体に話さねばならない日直当番をさせなくても良いか、あるいは、話せないことを考慮し、順番を先送りしたほうが良いのか、非常に悩むといった思いがあるようです。ケースバイケースでしょうが、本人の意向を保護者から聞くと、本人は話せないけれども、順番を先送りしないで欲しいという気持ちをもっていることが分かり、そのような気持ちを大切にして、担任が代行をするなどで対応したといった事例があります。
本人への直接的な指導では、相馬(1995)が情緒障害特別支援学級の指導例を述べていますが、遊びを通して自閉症・情緒障害特別支援学級担任と信頼関係をつくり、段階的な指導を経て話ができるようになったとの報告があります。その際、特定の大人(自閉症・情緒障害特別支援学級や通級による指導の担当教員)の役割は、対象の児童生徒と信頼関係をつくることは言うまでもありませんが、最初に特別支援学級等での時間は安心して好きに使って良い時間であることも説明する必要があります。
また、次のような事例もあります。ある児童は、最初は、緊張して特別支援学級の教室にもなかなか入れませんし、筆談ですら簡単には応じられませんでした。そこで、無理に何かをする必要がないなどと安心させる言葉をかけながら、教師が一人で雑談のために書き続け、その児童が教室に入ろうとしたり、また、筆談をしようと鉛筆を持とうとしたりするタイミングに合わせて対応する過程で、少しずつ関係が生まれてきました。以後、対象の児童が好きな手芸をしながら、一方的に教師が話す中で、ある日「先生教えて」という小さな声が発せられ、その日から、一言二言の会話が生まれ、やがて電話では長い時間話ができるようになり、本人の希望する私立中学校の面接練習が可能になり、小学校を卒業していきました。

    ウ 不登校の指導の要点


平成15年度に文部科学省から出された「今後の不登校への対応の在り方について(報告)」では、不登校対応の視点として「将来の社会的自立に向けた支援」「連携ネットワークによる支援」「将来の社会的自立のための学校教育の意義・役割」「働きかけることやかかわりをもつことの重要性」「保護者の役割と家庭への支援」の五つが挙げられています。このことは、自閉症・情緒障害特別支援学級や通級による指導、さらには適応指導教室といった特別な場での指導はもちろんですが、学校全体で、あるいは地域で必要な関係機関等とのネットワークをつくりながら、それぞれの立場で対応をすることが求められています。
さて、不登校の児童生徒の指導を考える場合、不登校を誘発した直接の原因は一人一人違いますし、その背景となる心理的要因も個々によって異なります。また前述したように、同じ児童生徒でも経過とともに状態像が変化していきますので、不登校の指導においては、特に年齢と発症の時期や経過を的確に把握した上で、適切な指導計画や指導内容を設定し実行することが大切です。その際、適切な指導の場の選定は、児童生徒の状態で異なりますが、通常の学級や通級による指導、自閉症・情緒障害特別支援学級、適応指導教室などが想定されます。
自閉症・情緒障害特別支援学級や通級による指導では、いかに登校を促すか、登校させるかに焦点が当てられるので、その意味では、段階的な指導内容を設定し、応用行動分析の考えを参考とした指導が有効なケースもあります。また、登校が可能になっても通常の学級での学習や生活に適応するためには、カウンセリングなどの対応が必要になるケースもあります。


<引用・参考文献>
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5)文部科学省(2008)「小学校学習指導要領解説 総則編」東洋館出版社
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