メルマガ連載記事 「諸外国におけるインクルーシブ教育システム構築の状況」
第2回


フランス国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)について

 棟方 哲弥(企画部 上席総括研究員)
  

 本研究所では、平成28年1月21日(木)にインクルーシブ教育システムの構築に関する国際シンポジウムを開催します(参加募集開始は11月から)。このシンポジウムでは、基調講演に続いて、本研究所と協定を締結しているフランス国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)及び韓国国立特殊教育院 (KNISE)の専門家からの報告により、初等中等教育におけるインクルーシブ教育システム構築に向けた現状、課題を検討し、今後の展望を明らか にしていく予定です。本連載は、このシンポジウムの開催に向けたカウントダウン連載の形で、フランスと韓国の特別支援教育の状況や両国の特別支援教育のナショナルセンターについて、企画部の調査・国際担当職員が全7回で紹介していきます。第2回は、本年3月19日(木)に本研究所と研究協力協定を締結したINS-HEAについて紹介します。
 

 NISEとINS-HEAとの研究協力協定について

 はじめに、研究協力協定の調印について紹介します。本研究所とフランス国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)は、平成27年3月19日(木)に研究協力協定を締結致しました。INS-HEAは本研究所と同様に、研究・研修・情報普及等の機能を持つ、フランスの特別支援教育のナショナルセンターです。締結式は、パリの郊外にあるINS-HEAにおいて小笠原在仏日本大使館公使、田中一等書記官、シュレンヌ市テスチュード副市長の臨席を賜り宍戸理事長、INS-HEAのピュイグ所長により署名調印が行われました。
 ピュイグ所長、宍戸理事長、小笠原公使、テスチュード副市長の順に挨拶のあと、記念品交換、署名、調印、記念撮影が執り行われました。協定書には、両機関が共同でインクルーシブ教育システムの構築に向けて、以下の4つの活動を推進することが示されました。 
 a)学術・研究・教育職員並びに管理部門職員の交流に関すること 
 b)学術教育情報、文献、教材の交換に関すること 
 c)共同研究の実施に関すること 
 d)研究会及び事業等の共催に関すること 
 本協定は、安倍首相とオランド大統領の共同声明による日仏間協力のためのロードマップ(2013年-2018年)に位置づく活動と評価され、INS-HEAの担当責任者との協議を通じて、研修コンテンツの相互利用の可能性など、具体化に向けた検討が始まっています。 
 

署名調印

 上の写真は、3月19日(水)にパリ郊外にあるINS-HEAの所長室で調印書に署名する宍戸和成理事長とピュイグ 所長です。 
 

 INS-HEAの正式名称と所在地について

 正式名称は、仏文でInstitut national supérieur de formation et de recherche pour l‘éducation des jeunes handicapés et les enseignements adaptésとなります。日本語で説明すれば、「障害のある青少年の教育と適応教育(学習困難のある子どものニーズに応じた教育課程による教育)のための研修と研究のための国立の高等機関」となります。英文ではNational Higher Institute for Teacher training and research on special needs educationが使われています。このため、本研究所では、和文の 正式名称をフランス国立特別支援教育高等研究所と呼ぶことにしました。
 所在地は、58/60, avenue des Landes – 92150 Suresnes – Franceです。住所はシュレンヌと読みます。シュレンヌ市は、パリの北西の郊外の市で、古くはパリ近郊では数少ないワインの産地であり、近代から現代は自動車産業や航空機産業のある文化と産業の街です。INS-HEAは、その小高い丘の上にあって敷地は2ヘクタールです。ブローニュの森からだと車で10分ほどの距離で、鉄道であればパリのサン・ラザール駅から郊外線で30分ほどのシュレンヌ-モン・バレリアン駅から坂を登って徒歩15分のところにあります。第二次世界大戦の多くのレジスタンスが命を奪われた五稜郭型のモン・バレリアン城塞に隣接しています。なお、INS-HEAの建物は、1935年に病弱の子どものために空気の良い郊外にある教育施設(EPA)として建設された建物であり、2002年にはフランスの歴史的建造物の1つ指定されています。
 

INS-HEA

 上の写真は、当時のl’École de plein air (EPA) de Suresnesのものであり、現在も当時の建物が利用されています。(写真はINS-HEAのWebサイトから:http://www.inshea.fr/fr/content/l-ecole-de-plein-airより) 
 

 INS-HEAの設置へ至る歴史

 現在の建物は、1935年に建設されたEPA(l’École de plein air)を引き継いだものですが、INS-HEAの組織は、1947年に始まるCNEFASESの前身、1954年に始まるCNEFEIの前身、1968年に始まるPôle Paris-Cronstadtという3つの研究研修センターが1つにまとまったものです。
 まず、CNEFASESの系譜です。1947年CNPS(Centre National de Pédagogie Spéciale )(特別学級、行動問題や重篤な学業不振の子どものための寄宿制特別学校の教育に関する研究センター)として設置後、これが1951年に国立センター化。その後1973年にCNEFASES(Centre national d’Etudes et de formation pour l’Adaptation scolaire et l’Education spécialisée)となります。その後、1997年に次に述べるCNEFEIに統合されました。
 次に、Pôle Paris-Cronstadt (あるいはCentre de formation Paris-Cronstadt)の系譜です。1968年にCSPETP(中等教育の職業・技術教育=重篤な学業不振児の受け入れ)としてCNEFASESに附置されたものが、1985年と1991年の2回に亘りCNEFASESを離れ、ENNA(École normale nationale d‘apprentissage)、IUFMに附置された後、Paris-Cronstadtの中等職業教育・技術教育の研究、研修の機関となります。1997年にCNEFEIに統合されます。 最後は、CNEFEIの系譜です。1954年に、Centre national d’éducation de plein air (Cnepa) として設置され、1959年にCnepaが国立センター化します。次いで 1971年にCnepa がCNEFEI(Centre national d'études et de formation pour l'enfance inadaptée )へ改組されます。同じ敷地で続けられていたEPAは、1995年に閉鎖され、1997年にCNEFASESとCentre de formation Paris-Cronstadt がCNEFEIに併合し、 2002年にCNEFASESが2003年にParis-Cronstadt が閉鎖されCNEFEIが残ります。
 このCNEFEIが、2005年2月11日法により、INS-HEAとして新しく生まれ変わることになりました。
 下の図は、その様子を示したものです。
 

EPA、そして3つの研究所からNS-HEAへの変遷

 

 2005年2月11日法第102号に基づいて新たに生まれ変わったINS-HEA

 「障害者の権利と機会の平等,参加と市民権のための2005年2月11日法」は、フランスの障害者基本法であり、この法律により国連の障害者の権利条約を批准する条件が整ったとされています。この法律の中に、INS-HEAの設置が示されています。前身であるCNEFEIからの改組と設置の位置づけの転換が示されました。具体的な組織規則は2005年12月30日政令に定められました。INS-HEAは高等教育も担うフランスの特別支援教育のナショナルセンターとなりました。その機能として次の事項が示されています。
 まず、教育活動と研究活動により「学業困難の予防」、「重篤な学業困難を有する特別なニーズのある児童生徒の学校教育」、「障害や病気による機能不全を有する特別なニーズのある児童生徒の教育と訓練」、「司法の下にある児童生徒の学校教育」に貢献するという目的です。次に、このための方策として「 教育職員等の養成・研修、研修指導者の育成」、「指導法等の研究、調査の実施と情報普及」、「関連機関との連携(ミッションの枠における国際協力(とりわけEU圏)を含む)」の機能が示されています。
 

 業務の3本の柱「教職員研修」、「研究活動」そして「リソースと情報普及」

 INS-HEAでは、政令に示された4つの機能から「教職員研修」、「研究活動」そして「リソースと情報普及」を3つの主たる機能の柱として強調しています。この3つに政府や関連機関への専門知識提供や助言、国際協力を加えたものが要覧等に示されています。

○INS-HEAの研修・養成事業

 INS-HEAでは、以下の研修・養成事業を行っています。なお、大学院レベルの教育はパリ大学等との連携の下に学生の受け入れがなされています。
 ・教員免許
   CAPA SH:初等教育特別支援教育免許
   2 CA SH:中等教育特別支援教育免許
   DDEEAS:特別支援教育施設長免許(EREA=職業リセ、中学校の特別支援教育部門長等)
 ・特別支援教育視学官養成
 ・学校支援員養成
 ・犯罪青少年教育教員養成
 ・大学院課程
   修士課程:インクルーシブ実践、障害、アクセシビリティ等
   博士課程、研究者養成

 以下に、参考までにフランスの特別支援教育の免許の種別について紹介しておきます。なお、フランスの特別支援教育については次回に詳しく紹介します。
 

特別支援教育免許の種別

○INS-HEAの研究活動

 INS-HEAには研究グループ:GRHAPSが設置されてさまざまな研究を進めています。正式にはle Groupe de recherche sur le handicap, l’accessibilité et les pratiques éducatives et scolaires(障害、教育と学校のアクセシビリティと実践に関する研究グループ)という名称で 2012年に高等教育研究省により認定されました。2014年の聞き取りの時点で構成は以下の通りです。
 教官-研究者15(大学教授資格者3、講師12)名で、 7領域(社会学、心理学、言語科学、教育科学、体育スポーツ科学STAPS:sciences et techniques des activités physiques et sportives、法律、情報)を網羅しています。加えて、 技官2名、 博士課程学生(研究者枠)約10名、研究担当者5名、関連研究者5名、助手1名です。
 このグループが取り組むのは2つの軸です。それは、社会の市民権とアイデンティティー(政策、教育関係機関、社会意識)へのアクセスと、実践の学びと適応(学びの手段、障壁、教育支援、学校教育や心理的な支援と配慮)へのアクセスです。社会科学と指導法の面の両面からの研究が実施されるとのことでした。これらの研究に関する国際シンポジウムや国際セミナー等も毎年開催されています。
 

○INS-HEAの資料・情報普及事業

 フランス国内外の資料を収集保管しています。印刷冊子媒体の所蔵は20 000冊、歴史的な資料を含めて518の定期刊行物(その内、購読中が 180タイトル)、6 000編の学位・免許論文、250件の教科書、850件の外国資料(一部にデジタルフォーマットを含む。)や、700件の電子リソース、14件のデジタル定期購読、 600件のAV(視聴覚)資料があります。
 また、以下のような各種のデータベースや情報サイトが提供されています。

INS-HEAの資料・情報普及事業  

 おわりに

 さて、ここまでINS-HEAの歴史、ナショナルセンターとしての位置づけ、研究事業、研修事業、情報普及事業などの主な機能について紹介してきました。すでにお気づきかと思いますが、これらの機能は、まさに日本の特別支援教育のナショナルセンターである国立特別支援教育総合研究所(NISE)の機能に重なるものとなっています。INS-HEAのピュイグ所長は「我々の2つの機関は、まさに従兄弟のようだ」と述べています。また、学校教育として、高度で専門的な特別支援教育の免許制度を整備するなど、特別支援教育システムの類似点も多くあります。現在、両国共に、インクルーシブ教育システムの構築に向けた研究・研修・情報普及の充実が求められており、NISEとINS-HEAの研究協力協定の下に学術研究や職員の交流、教材資料等の共有、共同研究、共同事業の実施などによって日本とフランス両国のインクルーシブ教育システムの構築が一層効果的に進展することを願っています。

 次回は、フランスの特別支援教育についてご紹介します。今回、教員免許について少し紹介しましたが、2つの国の障害のある子どもの教育には少なからず共通点があります。
 

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