メルマガ連載記事 「諸外国におけるインクルーシブ教育システム構築の状況」
第3回


フランスにおける障害のある子どもの教育について

 棟方 哲弥(企画部 上席総括研究員)
  

 本研究所では、平成28年1月21日(木)にインクルーシブ教育システムの構築に関する国際シンポジウムを開催します(参加募集開始は11月から)。このシンポジウムでは、基調講演に続いて、本研究所と協定を締結しているフランス国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)及び韓国国立特殊教育院 (KNISE)の専門家からの報告により、初等中等教育におけるインクルーシブ教育システム構築に向けた現状、課題を検討し、今後の展望を明らか にしていく予定です。本連載は、このシンポジウムの開催に向けたカウントダウン連載の形で、フランスと韓国の特別支援教育の状況や両国の特別支援教育のナショナルセンターについて、企画部の調査・国際担当職員が全7回で紹介していきます。第3回は、フランスにおける障害のある子どもの教育について紹介します。
 

 初等中等教育の概要

 フランスの人口は日本の半分ほどですが、就学人口は比較的多く(フランスの合計特殊出生率は1.9)、初等中等教育段階は10,055,162人であり、日本の約7割程度となっています。
 初等教育段階は、日本の幼稚園にあたる保育学校の3年間と、小学校の5年間を合わせたものとなっています。中等教育段階は、日本の中学校にあたるコレージュの4年間と日本の高等学校にあたるリセの3年間です。義務教育は、6才から16才であり、学年でいえば、小学校1年生からリセの1年生までとなっています。 
 学級サイズの平均は、少し以前のデータですが、保育学校が25.7人、小学校が22.7人、コレージュが23.8人、職業リセが18.7人、普通リセが26.1人(2009-2010年)となっています。 
 なお、公立小学校の設置者は市町村(commune)、公立中学校については県(département)、公立高等学校については地域圏(region)となります。そして、国民教育省のそれぞれの段階の視学官が教育の内容について責任を持っています。なお、後に述べる厚生省系の特別教育施設の多くは、保護者の団体の協会(NPO:アソシアシオン)が設置して運営するものとなっています。 
 フランスでは、教育への平等なアクセスを共和国憲法が保障しており、これを実現するため教育法典は「教育を受ける権利は全ての者に保障される(教育法典code de l'éducation L.111-1条)」と規定しています。同法典L.111-2条は「一人一人の能力や特別なニーズに対応した適切な手段によって、学校教育のそれぞれの種類や段階における機会均等が実現される」と述べた上で、L.112-1条では「国が、この義務を果たすために・・・、障害のある子ども、青年、成人が通常の場において就学するために必要な予算と人的な措置を行うこと」、「障害ある子どもや青年が、居住地に最も近い通常学校に学籍を登録される」ことを規定しています。 
 すなわち、障害のある子どもについても、保護者によって、一律に通常学校に学籍登録がなされるのですが、このことは、そのまま、その子どもが通常学校で学ぶということを意味していません。これについて詳しく述べます。 
 

 フランスにおける障害のある子どもの就学先決定について

 子どもが義務教育年齢になると、保護者は、居住地に最も近い通常学校へ学籍を登録する(教育法典L.112-1)ことになります。この学校が学籍校(établissement de référence)と呼ばれます。学籍登録を申請された学校は、障害を理由に、これを断ることはできません。しかし、上述したように、この学籍の登録は、子どもが、そのまま、その学校へ入学することを意味していません。
 居住地に最も近い通常学校への学籍の登録の後で(実際には、その前後)、障害のある子どもの保護者は自らの意思で、県障害者事務所(MDPH:maisons départementales des personnes handicapées 社会福祉家族法典L.143-3に規定)に申し出て、そこにある県障害者権利自立委員会(CDAPHあるいはCDA:commissions des droits et de l'autonomie des personnes handicapées,以下CDA)の多職種の専門家チームの評価を受けて、個別就学計画(PPS:projet personnalisé de scolarisation)を作成してもらいます。
 この個別就学計画は、個人の生活全体の補償計画である「個別補償計画」の一部であり、連絡担当教師とフォローアップチームによって最低でも1年に1回、子ども本人、保護者、学校、施設長などの要求で見直しが行われることになります(Code du handicap, p.187)。
 この個別就学計画は、その子の就学計画であり「学籍を登録する学校(居住地に最も近い学校)」と合わせて「(実際に)通学する学校や施設」が決定され、必要なサービス内容と時間などを含めた具体的内容を規定する県障害者事務所の文書であり、これに基づいて実際の就学・教育が進められるのです。
 もし、保護者が自らの意思で県障害者事務所を利用しない場合には、学籍を登録した学校に通学することになりますが、障害者手当の受給や個別就学計画のような手厚い支援は難しくなります。
 その一方で、もし、個別就学計画が策定される場合にも、できる限り、通常の場での就学を実現すること(教育法典L.112-2; D.351-4など)とされています。設備整備、教材などの工夫、学校生活支援員(AVS:auxiliaires de vie scolaire 教育法典L.916-1)などの支援を受けて個別に通常学級に入る場合や、通常学校内の特別なクラスに集団で就学する場合などがあります。さらに、障害が重度の場合には厚生省管轄の教育施設や施設内の学校ユニット(unté d’enseignement)(arrêté du 2-4-2009 - J.O. du 8-4-2009)、あるいは家庭において国立遠隔教育センター(CNED:centre national d'enseignement à distance)の通信・訪問教育なども就学先となりますが、通常学校外で教育を受けている場合にも、この先ほどの学籍は保持されます(教育法典D.351-4)。
 また、フランスの特徴の1つとして、個別就学計画の作成自体は県障害者事務所の仕事であり、それを実施する責任が国民教育省に課せられているという仕組みが上げられます。
 

 保護者が個別就学計画の作成を申し出ない場合には?

 通常の学校が第一の選択肢とはいえ、障害の重い子どものニーズに応じた教育を実施するためには、障害に応じた手厚い療育が可能な厚生省系の教育施設に措置されます(上述のように学籍校は維持されます)。この場合、学校ユニットを定める政令は、国民教育省の担当教師と就学のフォローアップチームが、その子どもの教育に責任を持つことを明記しています(2009年4月2日の学校ユニットに関する政令)。
 個別就学計画の作成を申請できるのは保護者のみです。すると、もし保護者が、個別就学計画の作成を申し出ない場合には、どうなるのでしょうか。既に述べたように、障害者手当の受給や個別就学計画のような手厚い支援は難しくなります。このことは子どもの発達を最大限に保障するという教育が十分に行われない可能性を意味します。
 このため、子どもの障害の状態にもよりますが、学校の教育チームが特別な支援の必要を認めた場合には、学校長などが県障害者事務所へ、その事情を連絡するができることになっています。これに基づいて、県障害者事務所が保護者に申し入れを行いますが、もし、保護者が、一定の期間内(4ヶ月)にその申し入れに対して行動を起こさない場合には、大学区視学官が県障害者事務所と保護者とが連絡をとるために必要な手段を講ずる(Code du handicap, p.182 )とされます。最終判断は保護者に委ねられています。
 ところでフランスの特別支援教育を支える専門性はどうなっているのでしょうか。次に、教員の免許について説明します。
 

 特別教育に関する教員免許

 フランスの特別教育免許は、大学院で、障害や領域別の課程を修了し、国家資格を取得する、あるいは、現職の教員から2年間(実際には実習と講義で1年半ほど)の現職研修を経て、国家試験によって与えられます。以下に示す、オプションA~Gの障害や学習等の困難の領域に分かれています。さらに、初等段階(CAPA-SH)、中等教育段階(2CA-SH)ごとに障害別に構成されます。なお、中等教育段階にはオプションのEとGはありません。

 オプションA:ろう・難聴対象学校教育及び支援教育
 オプションB:盲・弱視対象学校教育及び支援教育
 オプションC:重度運動障害・健康障害・病弱対象学校教育及び支援教育(統合運動失調を含む。)
 オプションD:知的(認知的)障害対象学校教育及び支援教育(学習障害、自閉症等を含む。)
 オプションE: 学業支援重点学校教育及び特別支援
 オプションF:学業困難、学校不適応対象教育支援教育(SEGPA・EREA)
 オプションG:再教育(学業不振、運動心理療法)重点学校教と特別支援(RASED)

 上記の他に、3年間の養成課程を経た後に、国家資格を取得した特別教育指導士(éducateur spécialisé)、通常学級への障害のある児童生徒を支援として、筆記作業や幼児児童生徒に必要な教材を扱う際の補助、あるいは授業時間外での休憩時間や食事などの援助を実施する学校生活補助員(AVS: Auxiliaire de vie Scolaire, Assistants d'Éducation))。なお、上記のCAPA-SHに対応する国民教育省以外が所管する障害種別の特別教育免許を保有する教員も存在します。
 

 国民教育省の学校教育と厚生省系の特別教育

 障害のある子どもの場合には、通常学級に加えて、通常学校の中に、「インクルージョンのためのクラス」や「インクルージョンのための校内ユニット」が用意されています。それぞれの障害種別に分かれており、前者は、初等教育段階にあって、後者は、中等教育段階にある。両方ともに日本の特別支援学級に類似していますが、前者のほうが、より固定的な印象です。

 初等教育段階には、インクルージョンのための学級(CLIS:classes pour l'inclusion scolaire)があります。1クラス12人定員で4つの障害種別(知的・認知・広汎性発達障害・学習障害、単一の聴覚障害、単一の視覚障害)、運動障害(協調運動障害、重度重複ではありません。複数障害を含む。)があります。
 

CLIS

 

 

 中等教育学校段階にはULIS(Unités localisées pour l'inclusion scolaire)があります。1ユニット10人定員で6つの障害種別があります。それは、知的障害と学習障害、広汎性発達障害(自閉症を含む。)、運動障害(協調運動障害を含む。)、視覚障害、聴覚障害、重複障害と病弱です。
 

ULIS

 

 

 厚生省系の特別教育

 パリ国立盲学校やパリ国立聾学校として紹介されます教育機関などは、特別教育施設です。そこでは、特別教育国家資格を持つ指導士、厚生省系の特別教育免許を持つ教員、音声矯正士、心理運動士、補助員などが教育を担当しています。これらは、フランスで古くから国民教育省の学校教育とは別の教育システムとして発展してきたものです。
 

 インクルーシブな教育の方向性

 ところで、インクルーシブな教育の方向性は、数値としても具体的に現れています。例えば、学校生活補助員も雇用によって通常学級へ個別統合される児童生徒は、初等教育段階、中等教育段階で着実に増加しています。
 その一方で、厚生省系の特別教育施設で通年の就学をしています子どもは、やや減少あるいは横ばいとなっています。
 

 障害者の権利に関する条約への対応について

 2007年3月30日、障害者の権利に関する条約が国連での署名準備が整う同時に条約に署名、その後、2008年9月23日に選択議定書に署名しています。2009年7月23日に国民議会、2009年12月16日に元老院で承認されたあと2010年2月18日に条約と選択議定書を批准しています。なお、批准にあたっては、教育条項には留保等はありません。
 フランスでは、前シラク大統領の3つの公約(trois grands chantiers)の1つであった「障害者の社会参加(l’insertion des personnes handicapées)」の実現を目指して、同国で最初の障害者の権利を定めた基本法であった1975年6月30日法の見直し作業が2002年から進められた。そして2005年2月11日法(障害者の権利と機会の平等、参加と市民権のための法)が制定され、この法律によって冒頭の教育法典改正など、一連の個別法改正が実施された。また、2004年には、2000年のEU指令を受けて設立した差別禁止の救済機関であるHALDE(差別禁止平等対策高等機関)が設立されたことで、国連の障害者の権利に関する条約に批准すべき要件を整えてきたと言えます。

 また、2008年に、初等教育段階における手話(LSF)による教育に関する省令が出され、保育学校における手話、初等学校の国語としての手話の選択の自由の保障のための具体的な内容が示されたことや、2006年に、学校教育における選抜試験等における合理的配慮に関する通達がなされたことが重要な点と考えられます。

 注記:本稿は、国立特別支援教育総合研究所が中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会に提出した資料並びに、平成27年3月に本研究所で行われたフランスのINS-HEAの国際担当責任者であるNel Saumont氏のプレゼン資料、国立特別支援教育ジャーナルの内容を参考に記述したものです。
 

<目次のページに戻る>