メルマガ連載記事 「諸外国におけるインクルーシブ教育システム構築の状況」
第5回


韓国における障害のある子どもの教育について

 齊藤 由美子(企画部 総括研究員)
  

 本研究所では、平成28年1月21日(木)にインクルーシブ教育システムの構築に関する国際シンポジウムを開催します。
 このシンポジウムでは、基調講演に続いて、本研究所と協定を締結しているフランス国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)及び韓国国立特殊教育院(KNISE)の専門家からの報告により、初等中等教育におけるインクルーシブ教育システム構築に向けた現状、課題を検討し、今後の展望を明らかにしていく予定です。本連載は、このシンポジウムの開催に向けたカウントダウン連載の形で、フランスと韓国の特別支援教育の状況や両国の特別支援教育のナショナルセンターについて、企画部の調査・国際担当職員が全7回で紹介していきます。第5回は、韓国における障害のある子どもの教育について紹介します。
 

 韓国の教育制度

 韓国の人口は5000万人余りと日本の40%程度です。韓国統計庁によると、2014年の韓国の合計特殊出生率は1.21(日本は1.42)、15歳未満の子どもの割合は14.3%(日本は12.7%)であり、日本と同様に超少子高齢化が大きな課題となっています。
 韓国の教育制度は日本と同じ6・3・3・4制(初等学校6年、中学校3年、高等学校3年、大学校4年)で義務教育期間は、初等学校から中学校までの9年間(6歳~14歳)です。義務教育以降も高等学校へはほぼ全員が進学し、大学への進学率も70%以上と高い状況にあります。学校設置形態は、初等学校はほとんど公立ですが、中学校では公立と私立の割合は3:1、高等学校では6:5と、私立学校の割合が上がってきます。
 

 韓国における障害のある子どもの教育の概要

 韓国において、障害のある子どもの教育は日本の「特殊教育」にあたる言葉で呼ばれています。また、特殊教育の対象となる以下の11障害カテゴリーが法律で規定されています;視覚障害、聴覚障害、精神遅滞(知的障害)、肢体不自由、情緒・行動障害、自閉性障害、意思疎通(コミュニケーション)障害、学習障害、健康障害、発達遅滞、その他の障害。特殊教育の対象と認定された子どもについては、幼稚園、初等学校、中学校及び高等学校の全課程の教育が義務教育(3歳~17歳)となります。特殊教育が行われる教育機関には、特殊教育学校、通常学校(幼稚園、初等学校、中学校、高等学校)の特殊学級及び通常の学級、特殊教育支援センター、巡回教育及び院内学級があります。
 2014年に、特殊教育の対象となっている学齢期の児童生徒は約9万人で、これは韓国の全児童生徒の約1%余りにあたります。
 次に、この特殊教育制度の根拠となる、障害がある子どもの教育に関する法律の概要を概観します。
 

 韓国における障害のある子どもの教育に関する法律

 1977年に制定された「特殊教育振興法」は、当時韓国の障害者教育を公的に保障し始めたものであり、全国の市・郡に公立の特殊教育学校や特殊学級が設置されるなど特殊教育発展の軸を作る法的根拠となりました。その後、9回の改正が行われましたが、方向性が大きく変わったのは、1994年の全面改正です。この改正では統合教育、差別の禁止、個別化教育計画(日本の個別の指導計画にあたる)、保護者の権利、差別に対する罰則が明記されました。
 さらに2007年には、社会変化による特殊教育現場の新しいニーズや世界的な動向を受けて、「障害者等に対する特殊教育法」が制定されました。この法律によって新たに加わった、または強化された主な内容は、次の通りです。
  -特殊教育対象者の義務教育年限の拡大
  -障害早期発見システム構築(障害乳児の無償教育)
  -特殊教育支援センターの設置
  -統合教育の強化
  -進路・職業教育の強化
  -学級設置・教員配置基準の遵守による教育の質の向上
  -特殊教育関連サービス提供
  -障害者に対する高等教育の強化
  -障害者に対する生涯教育支援
 次に、この現行法の内容についてさらに説明します。
 

 障害者等に対する特殊教育法

 障害者等に対する特殊教育法(以後、「特殊教育法」と記載)において、特殊教育は次のように定義されています;「特殊教育とは、特殊教育対象者の教育的ニーズを満たすために、その特性に応じた教育課程、及び特殊教育関連サービスの提供を通して行う教育をいう」。この現行法においては、それまでの特殊教育の概念から治療教育が削除され、進路教育・職業教育が教育課程に含められ、特殊教育関連サービスの概念が導入される、等の転換があり、特殊教育の意味が大きく修正されることになりました。
 以下、特殊教育法によって改正された制度の中から、特徴的な4点について概観します。
1)特殊教育対象者の義務教育年限の拡大
 特殊教育法では、認定された特殊教育対象者について、幼稚園課程から高等学校課程(3~17歳)まで義務教育となりました。さらに、満3歳未満の障害乳幼児教育と高等学校以後の専攻科課程は無償教育(0~20歳)とされました。
 幼稚園課程の障害児に対する教育を義務化することによって、早期教育の提供による二次障害の防止や障害の軽減、さらに、保護者への障害理解の啓発と就学忌避の防止等が期待されています。また、高等学校課程の義務教育年限の拡大は、自立した成人生活を営むための準備をより効果的に進めることを支援し、社会統合を促進させる意図によるものです。

2)統合教育の強化(注:韓国では「統合教育」は「インクルーシブ教育」と同義)
 特殊教育法においては、特殊教育の対象者は、可能であれば、統合された教育環境に配置し、居住地に最も近い学校に通学することを規定しています。就学にあたっては、対象者の障害の程度、能力、保護者の意見などを総合的に判断し、特殊教育運営委員会の審議を経て、教育長、または教育監が最終決定することになります。
 特殊教育対象者が在学している通常学校の長は、対象者の障害類型・程度などを考慮し、教育課程の調整、補助員支援、学習補助機器支援、教員研修などに関する統合教育計画を立案し実施することが求められています。また、特殊学級が設置されていない通常の学校に就学した特殊教育対象者には、特殊教育支援センターの教員が訪問して、特殊教育を提供することが可能となりました。

3)特殊教育関連サービスの提供
 「特殊教育関連サービス」とは、「特殊教育対象者の教育を効果的に実施するために必要な人的、物的支援を提供するサービス」と定義され、個々の児童・生徒について、各々に必要な内容や方法が決定されるものです。これは米国の障害者教育法(IDEA: The Individuals with Disabilities Education Act of 2004)に定めている「関連サービス(related services)」に近い用語であると思われます。特殊教育関連サービスには、相談支援、家族支援、治療支援、補助員支援、補助工学機器支援、学習補助機器支援、通学支援、情報アクセシビリティ支援等が含まれます。この特殊教育関連サービスが現行法に盛り込まれる以前は、治療教師と呼ばれる教師が全ての児童生徒の教育活動として言語治療、聴能訓練、理学療法、作業療法、感覚・運動・知覚訓練、心理・活動適応訓練、歩行訓練、日常生活訓練の8領域を行っていましたが、特殊教育法では教師による治療教育が廃止され、医療的支援とされる理学療法、作業療法等のサービスについては国家資格等を持つ専門職が行うことになりました。

4)進路教育及び職業教育の強化
 近年、韓国では特殊教育対象者の職業教育のみではなく、学校卒業後の自立した成人生活への移行に必要な全ての相談と指導を行う進路教育への関心が高まっています。特殊教育法ではこのような傾向を反映し、進路教育及び職業教育を強化することとなりました。現行法以前にも、高等学校課程を設置した特殊教育学校には、専門技術教育を行うための専攻科の設置が可能でした。現行法では、特殊教育対象者の特性、能力、障害カテゴリー、ニーズなどに合わせ、職業訓練だけでなく、自立した生活を目指すための専攻科を設置することができるようになりました。さらに、通常の高等学校の特殊学級にも専攻科を設置できるようになったことで、専攻科の運営が多様化することが予想されます。
 

 第4次特殊教育総合計画の概要

 特殊教育法では、国や自治体が、障害者に対する特殊教育総合計画を策定することを求めています。国はこれまで、1997年からほぼ5年毎の特殊教育総合計画に基づく施策を実施しており、現在の施策は第4次計画(2013~2017)に基づいています。
 第4次特殊教育総合計画の分野と重点課題を以下に挙げます。
1)特殊教育の教育力及び成果の再考
 ① 障害乳幼児教育の充実
 ② 特殊教育における教育課程運用の充実
 ③ 特殊教育担当教員の専門性強化
2)特殊教育支援高度化
 ④ 障害発見の診断・配置システムの高度化
 ⑤ 特殊教育関連サービス及び放課後学校運用の充実
 ⑥ 特殊教育機関の拡充と役割強化
3)障害学生人権尊重環境の造成
 ⑦ 障害学生人権保護及び教養教育の強化
 ⑧ 統合教育環境における障害学生支援の強化
4)障害学生の能動的社会参加の強化
 ⑨ 障害学生進路・職業教育の強化
 ⑩ 障害学生の高等教育の強化
 ⑪ 障害者の生涯学習機会の拡大と環境改善

 これら11の重点課題のそれぞれについて、具体的な数値を挙げた成果目標が掲げられており、施策が進められているところです。例えば、「⑧ 統合教育環境における障害学生支援の強化」に関しては、「聴覚障害拠点支援センターについては、2012年には4センターであるところを、2017年には12センターに増やすこと」「一般教員の統合教育研修の受講者について、2012年には36,927名であるところを、2017年には180,000名に増やすこと」という成果目標が掲げられています。

 以上、韓国における障害のある子どもの教育について概観しました。障害者の権利に関する条約について、韓国は、2007年3月30日、国連での署名準備が整うのと同時に署名をしています。また、日本より早く2008年12月11日に同条約を批准しています。
 インクルーシブ教育システムの構築を進める我が国にとって、日本より先に「障害者等に対する特殊教育法」を始めとした法的整備を行ったうえで条約を批准し、具体的な施策を進める韓国の取組からは、様々な示唆を得ることができるものと思われます。


 注記:本稿は、以下の資料を参考に記述しました。
 ・企画部調査・国際担当国別調査班(2015).諸外国における障害のある子どもの教育.国立特別支援教育総合研究所ジャーナル,4,61-77.
 ・金參燮(2013).韓国特殊教育の概要.特別支援教育実践センター研究紀要,11,23-33.
 ・佐藤竜二(2010).韓国における障害のある子どもへの合理的配慮-法的根拠と具体的配慮について-.国立特別支援教育総合研究所 世界の特別支援教育,24,79-84.
 ・鄭 仁豪(2013).韓国特殊教育の現状と動向-第4次特殊教育発展5か年計画を中心に.諸外国における教育施策動向講演会資料.(平成25年12月20日 於国立特別支援教育総合研究所).
 ・韓昌完,小原愛子,韓智怜,青木真理恵(2014).障害者基本計画における特別支援教育の基本方針に関する一考察:特別支援教育に関する基本方針の日韓比較を中心に.琉球大学教育学部紀要,84,183-194.
 

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