メルマガ連載記事「発達障害のある子どもも共に学び育つ通常の学級での授業・集団づくり」
第一回

協同学習でわかる授業と安心して自分を発揮できるクラスづくりを。

 涌井 恵 (教育情報部 主任研究員)

 
  発達障害のある子どもが共に学ぶ通常の学級における学級経営や授業づくりは、学校現場の喫緊の課題の一つとなっています。学習における困難だけでなく、友達との対人関係でトラブルに心を痛めている発達障害のある子ども、また、学級経営に苦戦している学級担任も少なくありません。

  この連載(全6回)では、このような課題の解決の一つのヒントとして、子どもたちの学力、社会性、仲間関係の改善や向上に効果があると指摘されている「協同学習(cooperative learning)」(学校現場では、「学び合い」と表現されることも多いようです)による授業づくり、集団づくりの解説や実践例を紹介していきます。

 近年、通常の学級におけるユニバーサルデザインが注目されています。これは、特別な支援が必要な子どもだけでなく、どの子どもにも過ごしやすく学びやすい学校生活・授業を目指すことことを意味します。「協同学習」には一人一人の学び方の多様性に柔軟に対応できる学習技法であるという利点があるので、ユ二バーサルデザインな学習技法ともいえます。海外では、障害のある子どもが同じクラスの仲間として、障害のない子どもと同じ教室で学ぶというインクルーシブ教育場面においても、よく活用されています。日本での実践はまだこれから、という段階ですが、通常の学級の中で活用できそうな、学び方の多様性に対応した教材例等の紹介もしていきたいと考えています。

 さて、連載第1回目は、協同学習によるわかる授業と安心して自分を発揮できるクラスづくりの可能性についてお話ししたいと思います。  

 A先生の学級には、多動で衝動性の高いB君という男の子がいました。じっと座って先生の話を聞いていられる時もありますが、ある程度時間が長くなると、あるいは話の内容が自分に興味のないことや、わからないことになると、フラフラと教室をたち歩いたり、友達にちょっかいを出してケンカになったりしてしまいます。
 A先生は、B君に対しては、授業中は立ち歩かない約束をすると共に、多少のたち歩きやおしゃべりは大目に見て彼を追い詰めないようにしてきました。また、どの授業でも、必ずめあてを示すとともに、スケジュールを示して「今は何をする時間なのか」を視覚的に提示してみました。その結果、B君の立ち歩きの時間は減りましたが机に突っ伏していることも多くみられました。また、B君がだんだんとクラスで孤立しがちになっていくのも気になっていました。
 一見授業はスムーズに進んでいるのですが、A先生は、やはりB君にも、もっと授業に参加し、学びも深めていって欲しいと願い、どうしたら彼にもわかる授業を作っていけるのか、またどうしたらクラスの友達関係を作っていけるのか悩んでいました。 


1) 協同学習とは?

上記のA先生と同じような悩みを抱えている先生方も少なくないでしょう。この解決のヒントとして、「協同学習(学び合い)」というものがあります。

 協同学習とは、チームで何か協力しないとできない課題を学習の中に組み込むことで、子どもたちの学力のみならず、社会性や仲間関係の改善に効果のある指導技法です。また、競争ではなく協力・協働に価値をおく教育理念でもあります。単にグループで作業するだけでは協同学習とは呼びません。目標を共有し、その目標のために役割分担し、互いが協力し合い、成果を共有するチームとなることが、協同学習では求められます。

 協力することが仕組まれた学習方法は、「協同学習」、「チーム学習」、「協働学習」、「学び合い」、「ジグソー学習」と様々な名称で記述されることがあり、また実施方法もそれぞれによって若干異なる場合もあります。しかし、この連載では、「協同学習」を協力することが仕組まれた学習方法の総称として用いることにします。

 協同学習は、典型発達の子どものみの集団でも、障害のある子どものみの集団でも、典型発達の子どもと障害のある子どもが混在する集団でも、どんな集団においても活用できるものです。国際学力比較テスト(PISA)で首位となったフィンランドや欧米諸国でも、一斉指導ではなく、小グループで活動する協同学習が授業の基本として展開されています(佐藤, 2004)。また、日本でも、2010年に閣議決定された「新成長戦略」や、同年に続いて文部科学省より出された「教育の情報化ビジョン」において、21世紀を生きる子どもたちに求められる力を育む教育として、子ども同士が教え合い学び合う協働的な学びを創造していくことが提言されています。

 さて、協同学習が、障害のある子どもとない子どもが混在するインクルーシブ教育場面の指導で好まれる理由はいくつかあります。一つは、男子のみ、女子のみ、あるいは成績の似通ったグループのような同質集団ではなく、多種多様なメンバーが混在したグループ編成で行った方が、効果が高いとされていることです(Johnson & Johnson & Holbec, 2002)。もう一つは、協同学習では、一人一人の多様性に対応した学習課題を設定しつつ、チームとしての協力を促すことで、学級集団を育てていくことが可能である、つまり、教科学習で仲間関係を育て、学級づくりができるということです(西川, 2008; Janney & Snell, 2006)。

 発達障害等の支援の必要な子どもがいる学級では、例えば、書字障害のあるCちゃんだけがワープロで作文を書けるといったバリアフリー的な支援にしろ、ワープロでも、手書きでも誰でもどちらを選んでよいとするユニバーサルデザイン的な支援にしろ、それをスムーズに実施するためには、障害の有無だけでなく一人一人の多様性を受け容れられる学級集団の育ちが必要です(高橋, 2004; Janney & Snell, 2006)。「○○ちゃんだけひいきだ」とクラスメイトから揶揄(やゆ)されたり、あるいは、要支援の子どもが必要な支援を「特別扱い」として嫌がる背景には、こういった学級集団の育ちの有無が関わっているのです。

 もちろん、学活などの時間を使ってお楽しみ会などを企画し、エンカウンター(国分ら,1996)による人間関係づくりの「エクササイズ」や、学級全体へ「上手な頼み方」や「あたたかい断り方」、「怒りのコントロール」などの対人関係のコツ、つまりソーシャルスキルを教えることも、学級づくりの一つの策でしょう。しかし、学期に数回の特別な時間だけでなく、毎日の授業の中で、人間関係を育て、温かい仲間関係を育むことができたら、どんなに学校生活が楽しくなることでしょう。実際、協同学習に取り組む学級では、不登校が減るという知見が報告されています(佐藤,2003)。

 
2)協同学習による授業

  前述のように、協同学習には、様々なバリエーションがありますが、まずは、『学び合い』(西川,2008)について紹介します。

 『学び合い』の手法は非常にシンプルです。ある課題(例:算数の教科書23ページにある応用問題について、友達に解き方を説明できる)を、クラスの全員が達成することを目指します。課題解決に当たっては、何を使っても、誰と相談しても、一人で行ってもかまわないけれども、全員が目標達成することをめざす、というものです。教師が最初の5分くらいで課題の説明をした後、子どもたちは早速課題に取りかかります。グループは固定せずに、誰とでも作業してよく、立ち歩いてもよいというのが基本形です。この立ち歩いてもよい、というのは冒頭の事例のB君のように多動の子どもたちにとっては特に相性のいい授業設定です。立ち歩いていても、課題に取り組んでいれば、とがめる必要はないのですから。また、『学び合い』では、「わからない」ということに最大の価値をおいています。「わからない」ことは学びを深め、真の「わかる」へと導く大きな鍵だからです。『学び合い』は学習面で遅れている子どもに光が当たり、活躍できる学習方法でもあるといえます。 

 この他、社会心理学者のElliot Aronsonが開発したジグソー法では、まずグループの中の一人一人に学習内容の担当部分(例えばAさんは問1、Bさんは問2・・・など)を割り当てます。このグループは各自の担当課題が様々であるということから、ジグソーグループと呼ばれます。課題の担当決めが終わると、今度は同じ役割の者同士が集まって一緒に調べたり話し合ったりします。それが終わると、元のジグソーグループに戻り、それぞれが学習した内容を突き合わせ、共有し、課題解決します。

 どのような手法にしろ、協同学習の場面設定では、友達とのやりとりが必然的に発生するので、その中でコミュニケーションやソーシャルスキルの力を伸ばすことができます。

 しかし、残念なことに、これまで、筆者が参観した協同学習の授業の多くは、一斉指導と同様に話し言葉や書き言葉偏重の授業でした。協同学習の良さをさらに生かすには、また発達障害等の子どもも参加しやすくするためには、一人一人の学び方の個性に対応したユニバーサルデザイン化が必要であると考えています。 

 そこで、現在、H. Gardnerの提唱する「ことば」「数字」「絵」「体」「音楽」「人」「自分」「自然」という8つのマルチ知能(Armstrong, 2000)の観点から、学びのユニバーサルデザイン化に取り組んでいます。これについては次回お話したいと思います。次回もどうぞお楽しみに♪

<文献>
1) Armstrong, T. (2000):Multiple Intelligences in the Classroom (2nd Ed.). ASCD publications, Verginia USA. 吉田新一郎訳(2002):「マルチ能力」が育む子どもの生きる力, 小学館.
2) Janney, R. & Snell, M.E. (2006) Social Relationships and Peer Support. Paul H. Bookes Publishing Co., Baltimore, Maryland. 高野 久美子・涌井 恵 監訳(2011):子どものソーシャルスキルとピアサポート―教師のためのインクルージョン・ガイドブック, 金剛出版.
3) Johnson, D. W., & Johnson, R. T., & Holbec, E. J.(2002): Circles of Learning: Cooperation in the Classroom(4th ed.). Interaction Book Company. 石田裕久・梅原巳代子訳 (2010): 学習の輪 改訂新版―学び合いの協同教育入門, 二瓶社.
4) 國分康孝 (監修) (1996) :エンカウンターで学級が変わる−グループ体験を生かした楽しい学級づくり− (小学校編),図書文化.
5) 西川純 (2008) : 気になる子の指導に悩むあなたへ−学び合う特別支援教育, 東洋館出版社.
6) 佐藤学 (2004) 習熟度別指導の何が問題か, 岩波ブックレット No.612, 岩波書店.
7) 佐藤雅彰・佐藤学(編) (2003) 公立中学校の挑戦―授業を変える学校が変わる, ぎょうせい.
8) 高橋あつ子 (編) (2004) LD、ADHDなどの子どもへの場面別サポートガイド―通常の学級の先生のための特別支援教育, ほんの森出版.


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