メルマガ連載記事 「知れば得する???脳科学―自閉症―」
第3回


自閉症の人が得意なことは

国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美 義賢  

自閉症とサバン

  <サバンとは>

 自閉症のある人たちは、生活上で必要な機能等が定型発達の人たちに比べて低いとされている一方で、計算や記憶等の特定の機能が極めて優れている場合のあることが知られています。このように、特定の部分で優れた機能を有する人がサバン(savant)と呼ばれ、この特定の優れた機能について、サバン能(savant ability, savant capability)とかサバン技能(savant skills)と呼ばれています。自閉症や知的障害のように脳機能の障害がありながら、同時に特定の部分で優れた機能を発揮する場合にはサバン症候群(savant syndrome)と呼ばれます。サバンについて研究したTreffertはサバンを分類し、特定の部分でその人の全般的な知的水準から推測されるよりも高い機能を発揮する有能力サバン(talented savant)と、特定の部分では定型発達の人たちと比べても非常に優れた機能を発揮する天才的サバン(prodigious savant)とに分けており、天才的サバンは極めて稀としています。 

  <サバンの発現率>

 自閉症でサバンが多いことはよく知られています。発現率に関する大規模で厳密な調査はなされていませんが、Rimland(1978)の調査では自閉症における発現率は9.8%で非常に高いと報告されています。これに対し、Hillの調査における知的障害者での発現率は0.06%であり、自閉症に比べてずっと小さくなっています。
 サバンは、自閉症や知的障害、Williams症候群、Prader-Willi症候群等の先天性の障害、もしくは幼少児期に起きた脳損傷によって起きるものとされていましたが、近年では高齢者における認知症の一部でもサバンとみられる状態があると報告されています(Miller(2000))。

  <サバンにおける脳機能の仮説>

  サバンの脳機能については、明確な根拠をもつメカニズムは分かっていません。それでも、いくつかの仮説が推測がなされています。その1つは以下のようなものです。
 人を含むほとんどの生物にとって、生活する環境からの情報は非常に多様で多大であり、しかも、その多くは実際的な生活にはあまり必要でないか却って効率的な生活上の判断を混乱しやすくするものです。このため、ある程度自動的に(すなわち無意識に)情報を取捨選択し、一般的な生活上で必要性の低い情報処理過程は抑制されていると考えられています。脳機能の一部が障害されることで、この抑制の機能が低下し、実際の一般的な生活上では必要性が低く情報処理を混乱させる可能性があるとして抑制されていた、元来の高い能力が発揮されることがありうる。これがサバンであろうとの推測があります。
 このようなメカニズムの証として健常者を対象としたSnyder(2006)の研究があります。これは、TMS(経頭蓋磁気刺激)という方法で左の側頭葉前部を刺激してその活動を一時的に低下させたところ、視覚的推測課題の成績が向上したことを報告したものです。そしてSnyderは、サバンでも類似した脳のメカニズムがあり、一部の脳機能の低下によって、これで抑制されていた別の脳機能が活発に働き出したのではないかと推測しています。
 

 <サバンとセントラル・コヒーレンス>

 自閉症との関連では、英国のFrithら提唱した「自閉症ではセントラル・コヒーレンスが弱い」とする仮説が注目されています。これについて次に詳しく述べます。
 

セントラル・コヒーレンス -強さと弱さ-

  <セントラル・コヒーレンスとは>

 セントラル・コヒーレンスとは、これを提唱したFrithによると「入ってくる情報を、細部を犠牲にしても、より高次の意味に向けて整理統合し、全体的な文脈に沿って処理すること」であり、「このような情報処理が自閉症では障害されており、自閉症の人たちは細部へ集中し、そこでは全体的な輪郭や文脈的意味が犠牲にされ、細かな特徴が知覚され記憶される」としています。そしてFrithは「自閉症ではセントラル・コヒーレンスが弱い」(WCC; weak central coherence)という仮説を提唱しています。

  <セントラル・コヒーレンスの主な指標>

 セントラル・コヒーレンスの指標としては、視覚的空間認知課題、すなわち視覚的に対象の全体像を捉える傾向と、全体像に影響されずに部分を捉える傾向を対比させる課題が主に用いられます。この視覚的空間認知課題の1つとして、WISC検査における「積み木課題(Block Design Task; BDT)」、もしくはこれと類似した課題で、BDT課題といわれるものがあります。もう1つのよく用いられるセントラル・コヒーレンスの指標としては「隠し絵課題」があります。 

  <BDT課題>

  自閉症の人では、WISC検査における「積み木課題(Block Design Task; BDT)」の成績が、他の課題の成績に比べて飛び抜けて高いことがみられます。この現象は視覚的空間認知ピーク(visuospatial peak; VSP)と呼ばれ、このVSPが自閉症の特性として診断にも使えるのではないかと考えられた時期もありました。現在では自閉症の約3割にみられる現象で、診断には役立たないものの、定型発達の人では非常に少ないことと対比され、自閉症にみられる特徴の1つとされています。
 これは、例えば図1の上段の図形を下段の積み木を組み合わせて作成するというような課題です。このような課題では、知的水準が同じであれば自閉症の人たちの方がより短時間で正確に仕上げること、すなわち自閉症の人たちの方が優れた作業効率をあげることが報告されています。この理由としては、弱いセントラル・コヒーレンスによって全体像の形や意味を考えたりして影響されることなく、図形を並べることに集中できるためであろうと考えられています。
 

   <隠し絵課題>

 隠し絵課題とは、単純なある図形が、より複雑な図形の中にすぐには分かりにくい形で含まれているもので、この複雑な図形の中に隠れている単純な図形を発見していくつあるかを答える課題です。例えば、図2の左の図形が右のより複雑な図形の中にいくつ含まれているかを回答させる課題です。
 この課題に対して、自閉症の人たちは定型発達の人たちよりも短時間で正確に答えることができるとする報告があります。この場合においても、自閉症の人たちは弱いセントラル・コヒーレンスにより、全体像の形や意味に拘束されないで、含まれている単純な図形を発見することができるため、定型発達の人たちよりも効率的に作業ができるものと考えられています。


   <自閉症にみられる認知特徴を活かす>

 上述のように、自閉症のある人たちはセントラル・コヒーレンスが弱いため、ものごとの全体を統合的に把握することにしばしば困難を示します。一方で、このために、すなわち全体像に影響されない方が効率よく成果にものごとを達成できる場合があります。このような作業には、定型発達の人たちよりもセントラル・コヒーレンスの弱い自閉症のある人の方が得意なことがあります。このような強みを積極的に発見して活かすことは、自閉症のある子どもにとってとても大事なことと思われます。
 

図1 積み木課題(BDT課題)の例

図1. 積み木課題(BDT課題)の例

 下段にある6つの模様の積み木を組み合わせて、上段にある統合された図形を作成する課題。 

 

図2 隠された絵課題の例

図2. 隠された絵課題の例

左にある図形が、右のより複雑な図形の中に、何処にいくつ隠されているか等を回答してもらう課題。

 

引用文献

  1. Rimland B. (1978): Savant capabilities of autistic children and their cognitive implications. In G. Ser- ban (Ed.), Cognitive defects in the development of mental illness (pp. 43–65). New York: Brunner-Mazel.
  2. Hill A.L. (1977): Idiot savants: Rate of incidence. Perceptual and Motor Skills, 44, 161–162.
  3. Miller B.L., Boone K., Commings J., Read S.L., Mishkin F.: Functional correlates of musical and visual ability in frontotemporal dementia. Br J Pshch, 176, 458-463.
  4. Snyder A., Bahramali H., Hawker T., Mitchell D.J.; Savant-like numerosity skills revealed in normal people by magnetic pulses. Perception, 35, 837-845.

 

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