メルマガ連載記事「発達障害のある子どもも共に学び育つ通常の学級での授業・集団づくり」
第二回

学び方は一人一人ちがっている! 

~「学び方を学ぶ」授業と協同学習でユニバーサルデザインな学びをめざす(1)~

 涌井 恵 (教育情報部 主任研究員)

 
 発達障害のある子どもが共に学ぶ通常の学級における学級経営や授業づくりは、学校現場の喫緊の課題の一つとなっています。
 この連載(全6回)では、このような課題の解決の一つのヒントとして、子どもたちの学力、社会性、仲間関係の改善や向上に効果があると指摘されている「協同学習(cooperative learning)」による授業づくりや集団づくりの解説や実践例を紹介していきます。
 前回は、協同学習の進め方の概略についてお話ししました。しかし、いくら協同学習の手法を取り入れても、一斉指導と同様に読み書き偏重の授業では、一人一人の学びの多様性に対応できるという良さを十分に活かしきれません。
 そこで、現在文部科学省の科学研究費補助金により取り組んでいる研究(※)では、ハーバード大学の心理学者のガードナー(H. Gardner)の提唱する8つのマルチ能力(multiple intelligences)と「やる気」、「注意」、「記憶」の3つの計11の視点から、一人一人の学び方の違いに対応し、誰もが学びやすく、わかりやすいというユニバーサルデザインな授業の実践を試みました。
 できるだけ多様な学び方が許容できるような協同学習の課題設定を考えると共に、子どもたち自身に学び方の多様性への気づきを促し、自分にあった学習方法を選べる力を育成することを目指した「学び方を学ぶ」授業を行いました。
 第2回目の連載では、後者の「学び方を学ぶ」授業について、その理論背景やその実際を紹介したいと思います。


 「学び方を学ぶ」授業では、8つのマルチ知能(multiple intelligences)と「やる気」、「注意」、「記憶」の3つの計11の力について取り扱います。

 マルチ知能というのは、「言語的知能」、「論理数学的知能」、「空間的知能」、「身体運動的知能」、「音楽的知能」、「対人的知能」、「内省的知能」、「博物的知能」の8つのことです(Gardner, 1999)。表1にマルチ知能理論(Gardner, 1999)による8つの知能についての説明を示しました。
 

表1:マルチ知能理論(Gardner, 1999)による8つの知能
[Gardner, (1999)とArmstrong(2000)を参考に涌井(2011)が作成]

 Gardner (1999) による分類  左に対応するマルチピザ(図1)での呼称  各知能の説明
 言語的知能  ことば  話し言葉や書き言葉を効果的に使いこなす力。説得力や言葉を使って覚えた記憶力など。
 論理・数学的知能  かず  数字を有効に使えたり、何かを明快に論証できる力。分類、類推、予測、仮説の検証ができるなど。
 空間的知能  え  視覚的・空間的に物事を捉えたり、視覚的・空間的な認識を自由に転換できる力。絵、色、線、形、距離に敏感に反応できたり、イメージできる力など。
 音楽的知能  おんがく  多様な音楽の種類を認識したり、識別したり、作曲したり、何かを音楽で表現(演奏)したりできる力など。
 身体・運動的知能  からだ  物事を自分の体で表現したり、ものを自分の手で作ったり、作り替えたりする力。協調動作やバランス、手先の器用さ、身体的な強さや柔軟さ、機敏さなどを含む。
 対人的知能  ひと  他人の感情やモチベーションを見分ける力。人間関係における様々な合図を読み取れる力など。
 内省的知能  じぶん  自分の長所や短所を正確に把握し、気性や願い、目標、動機づけなどの自覚ができる力。また自分自身を律したり、大切にする力など。
 博物的知能  しぜん  さまざまな種類の植物や動物を認識したり、分類できる力。自然現象への敏感さや、いろいろな無生物の物質の違いを区別できる力など。

 

 ガードナーはこれまでの知能検査は言語的知能や論理数学的知能といったごく一部の能力しか測定しておらず、人間の知能を狭く捉えすぎていると考えています(Gardner, 1993; 1999)。このマルチ知能の原語はmultiple intelligencesです。これは、多重知能、多重知性、多元的知能、マルチ能力、マルティプル・インテリジェンスと翻訳されたり、あるいは英語の頭文字をとってMIと記されたりもしていますが、すべて同じもののことです。

 ガードナーは、capacity(能力)やskill(技能)などの心理学用語ではなく、あえてIntelligences(知能)を使い、知能の概念を拡げようとしました(Gardner, 1993; 1999)。したがって、ガードナーの意を汲むと、学術的にはIntelligencesを知能と翻訳するのが適当であると考えられます。ただ、「学び方を学ぶ」授業では、子どもたち、特に小学校低学年の子どもには「知能」という言葉は難しいだろうという判断から、「マルチの力」、「マルチピザの力」などといって説明しました。

 図1は『「学び方を学ぶ」授業で扱う8+3=11の力~マルチ(知能の)ピザ とやるきちゅトリオ~』を示したものです。マルチ知能のピザは、学習障害の専門家であり、教師経験のあるトーマス・アームストロングが考案したもので、ガードナーが提唱した8つのマルチ知能を「ことば」「かず」「え」「からだ」「おんがく」「ひと」「じぶん」「しぜん」という子どもたちにも理解しやすい平易な表現へ変え、またピザの形に配置したものです(Armstrong, T., 2000)。さらに、実際に授業を行った三浦真子先生と杉村徳子先生のアイデアで、「やる気」の象徴としてお皿を、「記憶」の象徴としてフォークを、「注意」の象徴としてナイフを付け加えました。
 

 図1

 図1 「学び方を学ぶ」授業で扱う8+3=11の力~マルチ(知能の)ピザとやるきちゅトリオ~
 (注:お皿はやる気、フォークは記憶、ナイフは注意を象徴化したものである)

 

 「やる気」は学びを下支えしてくれるものです。いくら優れたマルチ知能の力を持っていても、「やる気」がなければ学ぶ気になれず、学習は進みません。それをピザをしっかりと受け止め、支えるお皿のイメージで表しています。また、「注意」とは必要なもの、重要なものを切り出し、注目する力のことであり、ナイフのイメージを重ね合わせました。最後に「記憶」は、学習した内容を取り込み、憶える力のことで、フォークで学んだことを食べる、すなわち取り込むというイメージを重ね合わせました。これらのイメージ化は低学年の子どもたちにとって、とてもわかりやすかったようです。なお、「やる気」「記憶」「注意」の3つはその頭文字をとって「やるきちゅトリオ」と名付けています。

 また、子どもたちには、8つのマルチ知能のそれぞれは、ある学習をしているときに使う力もあれば、使わない力もあるけれども、「やる気」、「記憶」(小学2年生を対象とした実践では「取り入れる」「覚える」と説明)、「注意」はどんな学習の時にもいつも使う力だよ、と説明しました。

 この他、小学校低学年を対象とした実践では、マルチ知能について理解するために、「元気くんとななちゃん」の紙芝居を作成し、マルチ知能の観点から登場人物の強みと弱みを考えたり、人それぞれに強みと弱みが異なることに気づかせる授業を行いました(図2)。
 

 図2 「元気くんとななちゃん」の紙芝居の一例

 図2 「元気くんとななちゃん」の紙芝居の一例
 

 また、「やるきちゅトリオ」の学習に関しては、図3のような教材を使って、注意のワークを行ったりしました。このワークでは、注意の力を体感したり、注意を向けやすくする方略を学習しました。 
 

 図3 注意のワークで使用した教材(一部のみ)

図3 注意のワークで使用した教材(一部のみ)
 

 「学び方を学ぶ」授業を実際行った先生方からは、次のようなコメントを頂きました。

  • 注意の学習で学んだことは、他の授業でノートを書くときや新聞づくりで活かすことができる。
  • 頭の回転の速い子、成績の良い子は実は人から言われなくても、自分で学び方を知らず知らずのうちに工夫しているのだろう。「学び方を学ぶ」授業でこの工夫を意識化させることは、発達障害のある子どもに限らず、他の子どもたちにとっても意義が大きい。
  • 「学び方を学ぶ」授業をすることで、他の授業においても教師自身が一部の知能(特に言語的知能、論理・数学的知能)に偏らないよう授業の内容を気にするようになった。
  • 「学び方を学ぶ」授業を行ったことで、子どもたちが一人一人の違いを当たり前と感じ、またできないことは特別なことではないと受け止めるようになった。その結果、発達障害のある子どもへの支援がやりやすくなった。
     

 「学び方を学ぶ」授業は、自分の認知特性について知る、理解する学習でもあるので、発達障害のある子どもたちの自己理解、障害理解にもつながる内容となっています。一方、学び方を学ぶことは、障害のない典型的発達の子どもたちにとっても近年国際的に重要視されています(Oliverio, 1999; Education Council, 2006)。今後日本の通常教育においても注目されていくことでしょう。

 今回の連載では「学び方を学ぶ」授業の一部を紹介しました。次回は、「学び方を学ぶ」授業で学んだことを、協同学習で活かしていくこと試みた実践を紹介します。学び方をそれぞれの子どもが選べるような課題設定などを紹介します。次回もどうぞお楽しみに♪

 

<文献>
1) Armstrong, T. (2000):Multiple Intelligences in the Classroom (2nd Ed.). ASCD publications, Verginia USA. 吉田新一郎訳(2002):「マルチ能力」が育む子どもの生きる力, 小学館.
2) Education Council (2006) Recommendation of the European Parliament and the Council of 18December 2006 on key competencies for lifelong learning. Brussels: Official Journal of the European Union, 30.12.2006
3) Gardner, H. (1993) Multiple intelligences: The theory in practice. New York: BasicBooks. [黒上晴夫監訳(2003) 『多元的知能の世界:MI理論の活用と可能性』日本文教出版. ]
4) Gardner, H. (1999) Intelligence reframed. New York: Basic Books. [松村 暢隆訳(2001) 『MI:個性を生かす多重知能の理論』新曜社. ]
5) Oliverio, A. (1999) L'arte di imparare. BUR Biblioteca Univ. Rizzoli. [川本英明訳 (2005) 『メタ認知的アプローチによる学ぶ技術』創元社.]


※ 発達障害児の在籍する通常学級における協同学習のユニバーサルデザイン化に関する研究(平成21~23年度 文科省科学研究費補助金・若手研究(B), 研究代表者:涌井恵, 課題番号21730730)



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