メルマガ連載記事「発達障害のある子どもも共に学び育つ通常の学級での授業・集団づくり」
第六回

連載のまとめ
~これからの実践のためのQ&A~

 涌井 恵 (教育情報部 主任研究員)

 
 発達障害のある子どもが共に学ぶ通常の学級における学級経営や授業づくりは、学校現場の喫緊の課題の一つとなっています。
 そこで、この連載(全6回)では、このような課題の解決の一つのヒントとして、子どもたちの学力、社会性、仲間関係の改善や向上に効果があると指摘されている「協同学習(cooperative learning)」による授業づくりや集団づくりの解説や実践例を紹介しています。

 本連載もいよいよ最終回となりました。今回はこれまでの連載のまとめとして、Q&A形式で読者のみなさんの知りたいことや疑問に答えていきたいと思います。
 


 Q1:協同学習では話し合い活動が多く、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症などのような発達障害のある子ども達にとっては、難しいと思われます。どのような指導の工夫をしたらよいでしょうか?

A1:一番大切なことは、協同学習の課題設定を読み書き中心の課題でなく、8つのマルチ知能のピザの観点を取り入れた課題にすることです。
 例えば、班新聞をつくるという課題ですと、マルチ知能のピザ(図1)の『絵』の力をつかって挿絵を描く係や、あるいは『体』の力をつかって挿絵のモデルのポーズをとる、あるいは『ことば』や『人』の力を使うけれども、誰かとペアを組み、助け合いながらインタビューする、あるいは、例えばもし、発達障害のあるA君が虫博士と呼ばれるくらい昆虫の知識が豊富だったら、その彼の『しぜん』の力をかりて、記事のネタにする、というふうに、課題をいろいろと柔軟に考えることができます。まず、言葉でのやりとりにこだわらない、文字にこだわらない、そういう授業をする中で、発達障害のある子ども達が取れる役割や、グループに貢献できる役割のアイデアが沢山出てくるでしょう。
 また、「学び方を学ぶ」授業では「やるきちゅトリオ(やる気・記憶・注意)」(図1)のコツやその弱さを補う方法を教えます。やる気、つまり課題への動機づけや、記憶や注意というのは発達障害のある子ども達が特に苦手としている事柄です。学んだコツや弱さを補う方法を、実際に協同学習場面で活用できるよう配慮してください(注:協同学習のポイントは子ども達の学び合いを促進することです。ですから、直接教師が声かけするよりも、子ども達同士でコツの活用を声かけできるような働きかけを考えて下さいね)。
 このように、いろいろな課題設定や課題を解くための手段や方法を使うことになるので、それがつまりは一人ひとりの学び方に合わせたユニバーサルな授業になっていると捉えることができます。

 

図1 マルチ知能のピザとやるきちゅトリオ

図1 マルチ知能のピザとやるきちゅトリオ



Q2:協同学習の5つの基本要素(図2)の一つに、「ソーシャルスキル/協同・協働スキルを教える」というのがありますが、具体的にはどんなことを教えればよいですか?

図1 協同学習の5つの基本要素

図2 協同学習の5つの基本要素(Johnson, Johnson, & Holubec, 2002)の関係図(涌井, 2011)


 

A2:友だちの話を聞く(傾聴)スキルは、協同学習場面で頻繁に使うソーシャルスキルです。また子ども同士の学び合いを深めるためには、友だちの「わからない」サインや言動に気づくことが重要です。わからないときは「わからない」と友だちに言うことができればいいのですが、子どもにとっても、大人にとっても「わからない」というのは恥ずかしくてなかなか言い出せないものです。クラスのみんなが互いに「わからない」時のサインを知っていれば、もっと「わからない」と伝えやすくなります。「わからない」時のサインというのは、例えば、首を傾げている、「う~ん」と渋い顔をする、「わかった、わかった、わかった・・・・あ、でも・・・」などです。意外でしたか。実際、子ども達はどんなサインを出しているか是非観察してみて下さい。
 さて、子ども達にソーシャルスキルや協同・協働スキルを教える方法には、Tチャート(図3)という便利な方法があります。Tチャートの一番上部に何か教えたいスキルを書きます。そして、そのスキルを使っているときに見えるものと聞こえるものについて、話し合っていきます。Tチャートは、ソーシャルスキルを子ども達自身が理解出来る言葉で定義づけることができるとても良い方法です。なお、このTチャートを使った話し合いは、協同学習のふりかえりのセッションとして行ってもよいです。
 

図3 Tチャートの例(友だちの話を聞くスキルを定義した場合)

図3 Tチャートの例(友だちの話を聞くスキルを定義した場合)



Q3:特別支援学校(知的障害)でも、協同学習による指導はできますか?

A3:できます。静岡大学教育学部附属特別支援学校の中学部において、先駆的な取り組み(海野,2011; 静岡大学教育学部附属特別支援学校,2011他)がなされているので参考にして下さい。視覚的な支援ツールを用意し、課題や場面の構造化をしっかり行いつつ、協同学習の5つの要素を取り入れた実践を行っています。先日の第38回研究協議会(2011/11/18)での実践発表では、幼稚園児に披露する大道芸をペアで練習するという授業が行われていました。ペアの練習の成果を発表する場面では、発表するセリフの視覚的手がかりが用意されていたり、がんばるポイントの選択肢が提示されていたりと随所に工夫がなされていました。大成功したペアの発表のあと、「○○くん、本当にかっこよかったよ~」ととても感激した様子で他のペアの生徒が話しかけていました。クラス全体の育ちを感じられた、ジーンとくる実践でした。
 また、特別支援学校での協同学習のポイントについて藤原(2011)がまとめています。参考文献を巻末にいくつか示しましたので、是非ご一読ください。



Q4:「学び方を学ぶ」授業は、漢字学習とセットで行わなければならないのでしょうか?また、漢字や九九などの暗記学習だけでなく、思考を深める学習においても使えるのでしょうか?

A4:繰り返し学ぶ機会が設定できるという利点から,今回は漢字学習を選びましたが、違う学習課題を題材にしてもかまいません。また、暗記学習だけでなく、様々な学習活動に「学び方を学ぶ」授業で学んだマルチ知能の8つの力とやるきちゅトリオの3つの力を活用してください。例えば、「やる気」レッスン内容の一つに、なぜこの勉強をしなくちゃいけないのか、この勉強は実生活のどんなことに役立てられるのかを考えると、やる気が変わってくる、また好きなことと学習内容を関連づけるとやる気アップにつながるというのがあります。これは、算数の文章題のような思考を問う課題においても、活用できます。この勉強をするとどんな良いことがあるか、あるいは自分の好きなことと関連させて問題を解けないか、子ども達に考えさせるのです。算数の文章問題をリンゴとバナナの話から、子どもの人気キャラクターのピカチュウとニャースの話にするだけで、子ども達の反応が違ってくるという経験、あるのではないでしょうか。それと同じです。また、マルチ知能の力をつかって、文章題を絵や数直線に表現したり(『絵』の力)、式の意味を言葉で説明したり(『ことば』や『数字』の力)、タイルを手で操作したり(『体』の力)するなどして、思考を深めていくことができます。



Q5:「学び方を学ぶ」授業では、教師が子ども一人ひとりの学び方に配慮できるようになればいいのでしょうか。特別支援教育コーディネーターとして、学級担任に「学び方を学ぶ」授業を勧めるときのポイントを教えて下さい。

A5:そうですね。「学び方を学ぶ」授業を行うと、教師自身も一人ひとりの学び方に配慮したユニバーサルデザインの授業づくりを自然と意識できるようになります。
 ですが、「学び方を学ぶ」授業の究極の目標は、子ども達が自分で学び方を工夫したり、自分に必要な支援を教師や友だちにリクエストしたりできることです。教師の授業づくりにとどまらず、子ども自身が自らの学び方をふりかえることができるところまでが「学び方を学ぶ」授業である、というポイントをおさえるようアドバイスして下さい。



Q6:新学習指導要領では学習内容が以前よりも増えました。協同学習を取り入れたり「学び方を学ぶ」授業を行っても、一年で学習内容の全てをこなせるでしょうか。

A6:協同学習のやり方にはいろいろなバリエーションがありますが、特に『学び合い』(西川,2008)では、全員ができていなくても設定した時間がきたら授業を終わります。ただし、「時間内にみんなができるために、一人ひとりがもっとできることはないかな」と子どもたちに時間内に終わるよう求めます(橋本,2010)。『学び合い』がうまく回り出すと、子どもたちは自分が課題をできるかではなくて、クラスのみんなができるか、分からないで困っている子はいないか考えるようになります。少しでも友達に教える時間を確保するために自発的に予習してくる子が出てきたというエピソードも聞きます。したがって、協同学習を取り入れたからと言って、授業時間が足りなくなると言うことはありません。
 また、「学び方を学ぶ」授業については、特別に時間設定する場合(第2回連載記事参照)は4~6月頃に3時間程度を考えていますので、それほど負担にならないと思います。15分程度のミニレッスン形式の場合(第3回連載記事参照)も、実践者の先生は子どもたちの発言をまとめていった模造紙がそのまま教材になるので、教材準備の負担感もなく進めることができたと述べています。また、ノート指導等すでに行っている指導の中には「学び方を学ぶ」授業と重なるものが多々あると思います。新たに時間を増やすと言うより、すでにやっているものを「学び方を学ぶ」授業として整理すると捉えるとよいでしょう。



Q7:授業のユニバーサルデザインという言葉を最近よく耳にします。協同学習と「学び方を学ぶ」授業を組み合わせた授業/集団づくりは、授業のユニバーサルデザインを目指しているのですか?

A7:そのとおりです。協同学習と「学び方を学ぶ」授業を組み合わせた授業・集団づくりは、一人ひとりの学び方の違い、多様性に柔軟に対応できるユニバーサルデザインな授業を目指しています。あるいは、教師中心から学習者中心の視点へ、つまり教師の教えやすさから子どもの学びやすさに着目した授業づくりを目指しているとも言い換えられるでしょう。そして、このような取り組みは、安心して自分を発揮できる学級づくりや、違いを認め合い自己効力感を育てる学級づくりにつながると考えています。
 本連載で紹介した実践から、『「学び方を学ぶ」授業の視点を取り入れることにより,教師自身が多様な感覚を活用する授業内容を考えるようになった。』、「子どもたちが一人ひとりの学び方の違いを受け入れ、認め合うようになり、発達障害のある子どもや気になる子どもへの特別な支援が行いやすくなった。」という効果が示されました。これらの研究成果から、実践研究の目標としていた、上記のような理想の学級へと近づけたのではないかと思っています。
 

 本連載では「発達障害児の在籍する通常学級における協同学習のユニバーサルデザイン化に関する研究」(平成21~23年度文部科学省科学研究費補助金・若手研究(B) 課題番号21730730,研究代表者:涌井恵)の研究成果を中心に具体的な実践内容について紹介してきました。今後も指導方法の洗練化や効果の検証について研究を深めていく予定です。本連載が協同学習や「学び方を学ぶ」授業に取り組むきっかけとなれば幸いです。これまでご愛読ありがとうございました。

 


<文献>
1) 藤原義博(2011)協同学習による授業づくりを目ざしてみよう(連載 子供がわかって動ける授業づくり第9回),実践障害児教育, 通号452号, pp. 38-43. 学研教育出版.
2) 橋本恵美子(2010)Q1時間内に課題が終わらない!.[西川純(編)クラスが元気になる!『学び合い』スタートブック.学陽書房, pp. 116-117.]
3) Johnson, D. W., & Johnson, R. T., & Holbec, E. J.(2002): Circles of Learning: Cooperation in the Classroom(4th ed.). Interaction Book Company. 石田裕久・梅原巳代子訳 (2010): 学習の輪 改訂新版―学び合いの協同教育入門, 二瓶社.
4) 西川純 (2008) : 気になる子の指導に悩むあなたへー学び合う特別支援教育, 東洋館出版社.
5) 静岡大学教育学部附属特別支援学校(2011)第38回研究協議会&研究フォーラム2011配布冊子
6) 海野好章(2011)特別支援学校(知的障害)での協同学習を取り入れた授業実践—仲間と共に学び合う姿を目指してー.日本協同教育学会第8回大会(千葉大学)発表論文.
7) 涌井恵(2011)学び合い、支え合い、高め合う協同学習が成立するための条件, 連載「発達障害のある子どもも共に学び育つ通常の学級での授業・集団づくり」,国立特別支援教育総合研究所メールマガジン第56号(11月)



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