特教研G-7 共同研究成果報告書(平成19年度〜平成20年度) 視覚障害児童・生徒向け仮名・アルファベットの説明表現の改良 平成20年12月 独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 A Study on Phonetic Alphabet of Screen Readers December 2008 The National Institute of Special Needs Education, Japan はじめに.  電話での会話のように声だけで情報をやりとりする状況では,1文字だけを発声しても正確に伝えられないことがときどきあります。このような場面,仮名文字であれば「朝日のあ」,あるいはアルファベットであれば「AlphaのA」というように,その文字で始まる単語を読み上げることで,意図する文字を正確に伝える工夫をしたりします。  同様な工夫は,視覚障害のある児童・生徒が音声を頼りにコンピュータを使う場面でもなされています。重度の視覚障害者がコンピュータを使うには,画面上のテキスト情報や画面状況を音声で読み上げてくれるスクリーンリーダと呼ばれるソフトを利用します。このソフトには,仮名とアルファベットを単語を使って説明する「フォネティック読み」という読み上げ方法が用意されています。このフォネティック読み用単語の一部に,児童・生徒には分からないものがあるのではないかという考えからこの研究は始まりました。  単語の分かりやすさは,その単語が利用者の語彙に含まれるかどうか,含まれる場合は馴染みの度合いが高いかどうかに左右されます。そこで,単語の馴染みの度合である「単語親密度」を児童・生徒に評定してもらう調査をおこないました。調査の結果,単語親密度が高かった一連の単語を,理解しやすいフォネティック読み単語として提案しました。  本報告書では,単語親密度調査の実施の詳細と,単語親密度が高くなる(あるいは低くなる)要因に関する考察,理解しやすいフォネティック読み単語の一覧表を取りまとめました。スクリーンリーダをはじめとする視覚障害者支援音声ソフトを開発される方におかれましては,一覧表のデータをそのままご利用戴けるかと思います。また,視覚障害児童・生徒に直接関わる方におかれましては,同じデータを児童・生徒の言葉の学習にご活用戴けるかと思います。  単語親密度調査は宮城教育大学附属中学校と仙台市立北仙台小学校で実施しました。調査にご協力戴いた両校の皆様に深く感謝の意を表します。 平成20年12月25日 研究代表者 独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 教育研修情報部 主任研究員 渡辺 哲也 目次 はじめに 研究の概要 第1章 小学生の単語親密度に基づいた仮名のフォネティック読み単語の選定 第2章 中学生の単語親密度に基づいたアルファベットのフォネティック読み単語の選定 第3章 研究成果の普及 研究の概要 ■ 研究課題名.  視覚障害児童・生徒向け仮名・アルファベットの説明表現の改良 ■ 研究の背景と目的.  仮名を1文字だけで読み上げた場合,正確に聞き取れないことがしばしばある。そこで,その仮名文字を含む単語を読み上げることで,文字の正確な聞き取りを支援する方法がある。これを「フォネティック読み」という。「あ」ならば「朝日のあ」,「い」ならば「いろはのい」というように,「単語+の+仮名」という形式で提示する。  画面情報を音声で読み上げる視覚障害者用スクリーンリーダ製品の中には,和文通話表(総務省 無線運用規則 別表第五号)の読みを採用したフォネティック読みが多く,判明しているだけでも3製品ある。和文通話表は,視覚障害者用に作られたものではないが,音声通信における正確な伝達という共通した目的を持っているため,多くの表現は適切である。しかしながら,本来,職業人が使うことを前提として開発されていること,更に,最初に制定された時期が昭和25年(1950年)とかなり以前であることから,例えば「為替のか」のように,現代の子どもには理解しづらいと思われるものも含まれている。  近年の盲学校では,障害補償手段として小学生のうちからコンピュータを学習させることも一般的であることから,小学生にも理解しやすいフォネティック読みが求められている。そこで,仮名のフォネティック読みについては,小学生を利用者と想定して,彼らにも理解しやすいフォネティック読み単語を選定するのが第一の研究目的である。  仮名と同様にアルファベットにもフォネティック読みがある。アルファベットのフォネティック読みでは英語の単語や地名,人名が使われている。その中には,日本人にとって馴染みが薄いと思われる単語や,綴りを間違えやすいと思われる単語も含まれている。そこで,アルファベットのフォネティック読みについては,英語を習い始める中学生を利用者と想定して,彼らにも理解しやすいフォネティック読み単語を選定するのが第二の研究目的である。 ■ 共同研究機関. 国立大学法人 宮城教育大学 ■ 研究期間. 平成19年度〜平成20年度 ■ 研究組織. ○研究代表者: 渡辺 哲也 国立特別支援教育総合研究所 教育研修情報部 主任研究員 ○研究分担者: 青木 成美 宮城教育大学 教育学部 特別支援教育講座 教授 永井 伸幸 宮城教育大学 教育学部 特別支援教育講座 講師 ○研究協力者: 佐々木 朋美 宮城教育大学 盲学校教育専攻 学生(平成19年度) 山口 俊光 国立特別支援教育総合研究所 研究支援員 ■ 研究の経過. 平成19年5月〜6月 児童・生徒にとって理解しづらいと思われる既存のフォネティック読みの抽出をおこなった。 平成19年6月〜11月 児童・生徒の語彙と単語親密度を考慮して,理解しやすいフォネティック読み単語の提案と,その評価のための調査の準備をおこなった。 平成19年10月 既存のアルファベットのフォネティック読み単語と,新たに提案した単語の親密度,及び綴りの正確性を検証する調査を中学校1校で実施した。 平成19年11月 既存の仮名フォネティック読み単語と,新たに提案した単語の親密度を検証する調査を小学校1校で実施した。この調査に先立ち,視覚障害者がどのように漢字を認識し,コンピュータで取り扱っているかを児童らに伝える授業をおこなった。 平成19年12月〜平成20年2月 調査結果の集計をおこなった。 平成20年2月〜3月 アルファベットのフォネティック読みについて調査結果をまとめて発表原稿を作成し,北九州市で開かれた電子情報通信学会第41回福祉情報工学研究会において研究発表をおこなった。 平成20年6月〜7月 仮名のフォネティック読みについて調査結果をまとめて発表原稿を作成し,新潟市で開かれた電子情報通信学会第43回福祉情報工学研究会において研究発表をおこなった。 平成20年8月 発表原稿に再検討を加え,2編の投稿論文を作成した。 平成20年9月〜12月 研究成果をWeb上で公開する作業を進めた。 平成20年11月 研究成果を関係者に伝えるための研究成果報告会を開催した。 平成20年9月〜12月 研究成果報告書作成作業を進めた。 ■ 研究成果発表(平成19年4月〜平成20年12月). 【学会発表】 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸 視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究 〜中学生の利用を考慮した説明単語の選定― 電子情報通信学会技術研究報告, WIT2007-91, March 2008. 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸 視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究 〜小学生の語彙を考慮した仮名説明単語の選定 電子情報通信学会技術研究報告, WIT2008-25, July 2008. 【採録決定論文】 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸 視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究 ―小学生の語彙を考慮した仮名説明単語の選定― 国立特別支援教育総合研究所研究紀要, Vol.36, March 2009. 【投稿中論文】 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸 視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究 ―中学生の語彙特性を考慮した説明用英単語の選択― 電子情報通信学会論文誌D 第1章 小学生の単語親密度に基づいた仮名のフォネティック読み単語の選定 Word Selection for Japanese Phonetic Alphabet Based on the Word Familiarity Evaluated by Elementary School Students あらまし.  視覚障害者用スクリーンリーダの「仮名フォネティック読み」の単語の中には,小学校児童には馴染みが低いと思われる単語もある。そこで,既存の仮名フォネティック読み単語と,主に学習基本語彙から選んだ候補単語を対象に,児童にとっての単語親密度を調べた。その結果,既存の仮名フォネティック読み単語の7割強は児童にとって高い親密度(80%以上)となったが,残り3割弱は児童にとって親密度が低いことが分かった。一方,主に学習基本語彙から選んだ候補単語はその9割弱が親密度が高いと評定された。この結果から,既存のフォネティック読み単語のうち親密度が低かったものは,候補単語のうち同じ仮名で始まる高い親密度のものを代わりに使うのがよいと考えられる。 1.はじめに.  視覚障害者用スクリーンリーダは,コンピュータ画面上の文字やシステムの状況を音声で出力することで,視覚障害者のコンピュータ利用を支援するソフトである。すべての情報を音声だけで伝えるためにいくつかの工夫がある。「フォネティック読み」と呼ばれる一連の読み表現もそのような工夫の一つである。  仮名1字を単独で読み上げると聞き取りづらいことがしばしばある。そこで,その仮名で始まる単語を読み上げることで,その単語の最初の1字を正確に伝える方法が「フォネティック読み」である。例えば「朝日」と読み上げて「あ」を,「切手」と読み上げて「き」を伝える方法である。アルファベットのフォネティック読みと区別するため,この章では「仮名フォネティック読み」(Japanese Phonetic Alphabet)と表現する。  仮名フォネティック読みは無線通信や電話など,音声のみで文字を正確に伝える場面で欠かせない。このため,古くは無線の分野で開発がなされ,無線局運用規則の和文通話表として制定されている[1](別表第五号)。現在販売されている数種類のスクリーンリーダ製品の中でも,この読み表現をそのまま採用しているものが多い。  和文通話表における「あ」から「ん」までの仮名フォネティック読みの一覧を表1に示す。これらの読み表現に用いられている単語の多くは一般的なものであることが分かる。しかし,「為替」や「るすい(留守居)」のような一部の単語は子どもにとっては馴染みが低いと思われる。近年,盲学校/視覚特別支援学校の小・中学部でコンピュータを学習することは一般的であることから,児童生徒にも馴染みの高い単語を仮名フォネティック読みで用いるべきと考える。これは,単語への馴染みの度合(以後,単語親密度と表す)が聞き取りの正確さ(単語了解度)に与える影響が大きいためである[2]。  そこで,既存の仮名フォネティック読みの単語と,小学生にとって馴染みがあると思われる候補単語とを音声で聞かせ,これらの単語の親密度を評定してもらう調査を行う。調査結果をもとに,既存の読み表現を評価するとともに,親密度が低く評価された単語については,同じ仮名で始まる親密度が高い単語を新しい仮名フォネティック読みの候補に挙げる。 表1 和文通話表. テキスト版註: 以下の表は,「仮名」,「仮名フォネティック読み」の順に書かれています。 .表1ここから. あ,朝日のア い,いろはのイ う,上野のウ え,英語のエ お,大阪のオ か,為替のカ き,切手のキ く,クラブのク け,景色のケ こ,子供のコ さ,桜のサ し,新聞のシ す,雀のス せ,世界のセ そ,そろばんのソ た,煙草のタ ち,千鳥のチ つ,つるかめのツ て,手紙のテ と,東京のト な,名古屋のナ に,日本のニ ぬ,塗り絵のヌ ね,ねずみのネ の,野原のノ は,はがきのハ ひ,飛行機のヒ ふ,富士山のフ へ,平和のヘ ほ,保険のホ ま,マッチのマ み,三笠のミ む,無線のム め,明治のメ も,もみじのモ や,大和のヤ ゆ,弓矢のユ よ,吉野のヨ ら,ラジオのラ り,りんごのリ る,るすいのル れ,れんげのレ ろ,ローマのロ わ,わらびのワ ゐ,ゐどのヰ ゑ,かぎのあるヱ を,尾張のヲ ん,おしまいのン .表1ここまで. 2.調査用単語の選定.  濁音と半濁音を含む仮名69字について,各文字で始まる単語を3語ずつ選んで調査単語とする。なお,仮名のうち「ゐ」「ゑ」「を」はそれぞれ「い」「え」「お」と発音が同じため,「ん」はそれで始まる単語がないため,調査対象から除いた。 2.1 既存の仮名フォネティック読みの単語.  ここでは,利用者数の多いスクリーンリーダ4製品[3]の仮名フォネティック読みを調査単語として取り扱う。まず,そのうちのスクリーンリーダ3製品(PC-Talker,VDM100W,JAWS 6.2)で仮名フォネティック読みとして採用されている和文通話表の中の単語69語についてその単語親密度を調査する。  残る1種類であるXP Readerというスクリーンリーダは和文通話表によらない仮名フォネティック読みを持つので,その中の単語も調査対象とする。ただし,和文通話表の単語と重複している単語も一部にあるので,それらを除くと調査対象は53語となった。 2.2 候補単語の選定.  既存の仮名フォネティック読み単語の親密度が低い場合,これに代わる親密度の高い単語を新しい仮名フォネティック読み単語として提案したい。そこで,既存の単語と異なる単語を,仮名1字につき一つまたは二つ候補単語として選定する。和文通話表の単語とXP Readerの単語が一致しない53字では一つずつ,両者が同じ16字では二つずつ選ぶことで,仮名1字につき合計3語の単語の親密度を調べる。総問題数は,問題の読み上げ時間と評定時間,各種説明の読み上げ時間の合計が授業時間(45分)内に十分に収まることを条件として決定した。ここで,1単語の読み上げと評定にかかる時間は約8秒と見積もった。  候補単語は,学習基本語彙[4](約4,000語)と新坂本教育基本語彙[5]より選んだ。学習基本語彙は,小学生が様々な表現活動に十分に駆使できるとされる単語の集合である。新坂本教育基本語彙約27,000語のうち約12,000語が小学校段階とされている。これらの語彙集のうち,学習基本語彙の単語を中心としながら,以下の手順で単語を選定した。  まず,名詞を使うこととした。これは,具体物の方が想起がしやすいと思われたからである。次に,仮名で2〜5文字程度のものを選んだ。1文字では聞き取りにくく,逆に長過ぎては読み上げに時間がかかり非効率的だからである。これらの操作の結果残った単語の中から,親密度が高いと思われるものを選択した。  「ぷ」については,学習基本語彙からは候補数が得られなかったため,「プリン」を候補として追加した。  「ぢ」と「づ」については,これらで始まる単語が学習基本語彙にないため,和文通話表の1語ずつのみ提示することとした。  以上の選択の結果,調査単語は,67(文字)×3(語)+2(字)×1(語)=203語となった。そのうち81語が新たな候補単語である。 3.単語親密度調査の実施. 3.1 音声刺激の作成.  調査用単語と問題番号,調査の趣旨と回答手順を男性アナウンサー1人に読み上げてもらったものを録音した。親密度の評定時間は,ある単語の読み上げ後,次の問題番号が読み上げられるまでの時間とし,これを2.5秒に設定した。調査用単語203語をランダムな順序に並べ替えて調査用CD-Rを作成した。調査の趣旨と回答手順の説明も含めた総読み上げ時間は30分弱となった。 3.2 調査参加者.  仙台市立東仙台小学校で4年1組と4年2組の2クラスに協力してもらい,調査を行った。4年1組では35人,4年2組では33人,計68人に参加してもらった。各組における男女比はほぼ半々である。 3.3 調査の手順と回答方法.  調査は,2007年11月中旬に,同小学校の二つの教室で実施した。 調査時には,CD-RをCDラジオカセットレコーダで再生した。まず調査の趣旨を聞いてもらいながら,教室後方座席の生徒にも十分聞こえるように音量を調節した。趣旨の次に回答方法の説明を再生し,その後に問題の読み上げを再生した。  児童には,その単語の親密度の評定結果を回答用紙に記入してもらった。親密度の評定では,よく知っている,だいたい分かる,知らない,という三つの選択肢から一つを選んでもらった。各選択肢を選ぶときの目安を次のように説明した。すなわち,「よく知っている」は,知っていると自信を持って言える単語,「だいたい分かる」は,聞いたことはあるけど,よく知っているとは自信を持って言えない単語,「知らない」は,聞いたこともない単語,である。  回答欄が次の段に移るときや,回答用紙が次のページに移るとき,そして調査の前半終了後にはCD-Rの再生を一時停止して休憩時間を設けた。 4.調査結果.  各単語を「よく知っている」と答えた者の割合を本稿では単語の親密度とする。全調査単語の親密度の分布を表したのが図1,単語親密度の分布を和文通話表単語,XP Reader単語,候補単語に分けて表したのが図2〜4である。いずれも単語親密度90%以上の領域に単語が集中していることが分かる。そこで単語親密度90%以上の単語の個数と割合を図ごとに見ると,全調査単語203語では145個(71.4%),和文通話表単語69語では44個(63.8%),XP Reader単語53語では34個(64.2%),候補単語81語では67個(82.7%)となった。和文通話表及びXP Readerの単語と比べて,候補単語では親密度が90%以上の単語の割合が高い結果となった。全調査単語の親密度データは章末の付録・表1に示した。 図1 全調査単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図1ここから. データ数:203 平均値:87.7 標準偏差:19.0 0以上10未満,1 10以上20未満,2 20以上30未満,2 30以上40未満,4 40以上50未満,6 50以上60未満,7 60以上70未満,7 70以上80未満,14 80以上90未満,15 90以上100以下,145 .図1ここまで. 図2 和文通話表単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図2ここから. データ数:69 平均値:83.7 標準偏差:23.7 0以上10未満,1 10以上20未満,2 20以上30未満,1 30以上40未満,2 40以上50未満,3 50以上60未満,2 60以上70未満,2 70以上80未満,6 80以上90未満,6 90以上100以下,44 .図2ここまで. 図3 XP Reader単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図3ここから. データ数:53 平均値:84.8 標準偏差:19.6 0以上10未満,0 10以上20未満,0 20以上30未満,1 30以上40未満,1 40以上50未満,3 50以上60未満,4 60以上70未満,3 70以上80未満,2 80以上90未満,5 90以上100以下,34 .図3ここまで. 図4 候補単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図4ここから. データ数:81 平均値:93.0 標準偏差:11.7 0以上10未満,0 10以上20未満,0 20以上30未満,0 30以上40未満,1 40以上50未満,0 50以上60未満,1 60以上70未満,2 70以上80未満,6 80以上90未満,4 90以上100以下,67 .図4ここまで. 5.考察. 5.1 学習基本語彙から単語を選ぶことの有効性.  主として学習基本語彙から選んだ候補単語では,高い親密度の単語の割合が,既存の仮名フォネティック読み単語より高かった。つまり,学習基本語彙に含まれる単語を選ぶことで,児童にとって高い親密度の単語を選択できる可能性が高まると考えられる。これを検証するため,学習基本語彙に含まれるかどうかで全調査単語を2群に分け,児童の単語親密度の分布を両群で比べた。  学習基本語彙に含まれる単語群の親密度の分布は,最大値が100%,最小値は47.1%であるが,第3四分位,中央値,第1四分位はそれぞれ100%,97.4%,94.1%であり,親密度が高い領域にほとんどの単語が集中している(図5)。  一方で,学習基本語彙に含まれない単語群の親密度の分布は,最大値は100%であるが,最小値は8.8%と低くなった。第3四分位,中央値,第1四分位はそれぞれ98.5%,94.9%,76.1%であり,最も単語の数が多い領域は90〜100%の範囲であるものの,それ以下の領域にも広く分散している(図6)。 この結果から,学習基本語彙から単語を選ぶことで,児童にとって高い親密度の単語を選択できる可能性が上がると言える。 図5 学習基本語彙に含まれる単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図5ここから. データ数:83 平均値:93.6 標準偏差:10.8 0以上10未満,0 10以上20未満,0 20以上30未満,0 30以上40未満,0 40以上50未満,1 50以上60未満,2 60以上70未満,1 70以上80未満,5 80以上90未満,4 90以上100以下,70 .図5ここまで. 図6 学習基本語彙に含まれない単語の親密度の分布 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,データの代表値と各データ区間の頻度を示します。 .図6ここから. データ数:120 平均値:83.6 標準偏差:22.2 0以上10未満,1 10以上20未満,2 20以上30未満,2 30以上40未満,4 40以上50未満,5 50以上60未満,5 60以上70未満,6 70以上80未満,9 80以上90未満,11 90以上100以下,75 .図6ここまで. 5.2 児童向け仮名フォネティック読み単語の提案.  児童にとっての単語親密度が80%以上となった単語を仮名フォネティック読みに適した単語としよう。この単語を仮名ごとに分け,かつ親密度の高い順に並べた一覧を児童向け仮名フォネティック読み単語として提案する(表2)。  今回の調査では「づ」を含む候補単語を挙げなかったので,和文通話表の「鼓(つづみ)」をそのまま提案することとした。しかし,その単語親密度は23.5%と低いため,「づ」を含み,かつ「鼓」より親密度が高いと思われる単語(例えば「続き」など)の利用について今後検討する必要がある。  この結果,提案した単語一覧の中には和文通話表の単語が51語,XP Readerの単語が39語,新規候補単語が71語が含まれることとなった。ただし,和文通話表とXP Readerで共通した単語は和文通話表の語数に計上した。  今回の調査は視覚障害のない児童を対象として実施したが,視覚障害児であっても教科教育の目標や内容は普通校に準じるため[6],教科書で使用されている単語を普通校と同様に学習している。従って,教科書で使用されている単語を中心に選定された学習基本語彙から選択した候補単語についても学習が済んでいると見なせるので,今回の候補単語を仮名フォネティック読みに用いることは妥当だと考えられる。 6.まとめ.  和文通話表の単語,スクリーンリーダ製品1種の仮名フォネティック読みの単語,そして学習基本語彙と新坂本教育基本語彙から選んだ候補単語を小学4年生児童に聞いてもらい,親密度を評定してもらった。その結果,候補単語では親密度が高い単語の割合が高かった。学習基本語彙から選ぶことで,既存の仮名フォネティック読み単語より高い確率で高親密度単語を選ぶことができた。児童にとって単語親密度が高かった(80%以上)単語を児童用仮名フォネティック読みに適した単語として提案した。 表2 児童向け仮名フォネティック読み単語の提案. テキスト版註: 以下の表は,「仮名」,「仮名フォネティック読み単語」の順に書かれています。 「仮名フォネティック読み単語」は,複数書かれている場合があります。 .表2ここから. あ,頭,明日,朝日 い,イチゴ,市場 う,兎,器 え,鉛筆,英語 お,大人,親子,大阪 か,カメラ,家族 き,切手,狐,キリン く,薬 け,毛糸,景色,ケーキ こ,子ども,小熊,小鳥 さ,桜,魚,砂糖 し,新聞,信号,試験 す,雀,西瓜 せ,洗濯機,世界 そ,蕎麦,掃除,算盤 た,卵,田んぼ,タバコ ち,地球 つ,積み木,燕,翼 て,テレビ,鉄棒,手紙 と,時計,東京,戸棚 な,納豆,名前 に,ニンジン,人間,日本 ぬ,塗り絵,縫い物 ね,ネズミ,値段,粘土 の,ノート,野原,喉 は,葉っぱ,鋏,葉書 ひ,羊,光,ヒトデ ふ,布団,船,風船 へ,ヘチマ,返事,平和 ほ,保健,星,蛍 ま,まな板,マッチ,漫画 み,ミカン,南,港 む,虫,虫歯 め,眼鏡,目盛り も,紅葉,モグラ や,焼き芋,ヤカン ゆ,浴衣,百合 よ,予定,ヨット ら,ラクダ,ラジオ り,リス,リンゴ,理由 る,留守番 れ,レモン,歴史,列車 ろ,廊下 わ,ワカメ が,学校,楽器,外国 ぎ,銀行 ぐ,グラフ,グランド げ,ゲーム,元気 ご,ゴリラ,ご飯 ざ,座布団,材料 じ,時間,地震 ず,ズボン,図鑑 ぜ,全部 ぞ,雑巾,象 だ,団子,大根,だるま ぢ,鼻血 づ,鼓 で,電話,電車,電気 ど,道路,ドア,ドレミ ば,バナナ,バケツ び,ビル ぶ,豚,文章,ブランコ べ,ベルト,ベンチ ぼ,ボタン,ボール,帽子 ぱ,パジャマ ぴ,ピアノ,ピーマン,ピンク ぷ,プリント,プール,プリン ぺ,ペンギン,ペット,ペンキ ぽ,ポケット,ポスト,ポット .表2ここまで. 参考文献 [1] 総務省, 無線局運用規則(最終改正:2006年11月20日総務省令第134号). http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25F30901000017.html [2] 坂本修一, 天野成昭, 鈴木陽一, 近藤公久, 小澤賢司, 曽根敏夫, “単語了解度試験におけるモーラ同定に対する親密度の影響,” 日本音響学会誌, Vol.60, No.7, pp.351-357, 2004. [3] 渡辺哲也, 長岡英司, 宮城愛美, 南谷和範, 視覚障害者のパソコン・インターネット・携帯電話利用状況調査2007, 国立特別支援教育総合研究所, 特教研D-267, 2008. [4] 甲斐睦朗(監), 語彙指導の方法[語彙表編], 光村図書出版, 東京, 2002. [5] 国立国語研究所, 教育基本語彙の基本的研究―教育基本語彙データベースの作成―, 明治書院, 東京, 2001. [6] 文部省, 盲学校,聾学校及び養護学校教育要領・学習指導要領(平成11年3月), 国立印刷局, 東京, 1999. 出典 本章は,以下の技術研究報告原稿をもとに再構成した。 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸, 視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究 ―小学生の利用を考慮した仮名説明単語の選定―, 電子情報通信学会技術研究報告, WIT2008-25, July 2008. 付録・表1 児童にとっての単語親密度調査結果 出典の「和通」は和文通話表の単語,「XP」はXP Readerのフォネティック読み単語,「新規」は新規候補単語を表す。学習基本語彙の「○」は学習基本語彙に含まれること,「―」は含まれないことを表す。 テキスト版註: 以下の表は,「仮名」,「単語」,「出典」,「学習基本語彙」,「親密度」の順に書かれています。 .付録・表1ここから. あ,朝日,和通,○,95.6 あ,頭,新規,○,100.0 あ,明日,新規,○,98.5 い,いろは,和通,○,57.4 い,イチゴ,新規,―,100.0 い,市場,新規,○,95.6 う,上野,和通,―,42.6 う,兎,XP,―,98.5 う,器,新規,○,91.2 え,英語,和通,―,88.2 え,江戸,XP,―,67.6 え,鉛筆,新規,○,100.0 お,大阪,和通,―,92.6 お,大人,新規,○,100.0 お,親子,新規,○,100.0 か,為替,和通,―,19.1 か,カメラ,XP,―,98.5 か,家族,新規,○,100.0 き,切手,和通,○,100.0 き,狐,XP,―,100.0 き,キリン,新規,―,100.0 く,クラブ,和通,○,73.5 く,杭,XP,―,38.2 く,薬,新規,○,100.0 け,景色,和通,○,98.5 け,ケーキ,XP,―,97.1 け,毛糸,新規,○,100.0 こ,子ども,和通,○,98.5 こ,小熊,XP,―,91.2 こ,小鳥,新規,―,91.2 さ,桜,和通,―,100.0 さ,魚,XP,○,100.0 さ,砂糖,新規,○,100.0 し,新聞,和通,○,100.0 し,試験,XP,○,86.8 し,信号,新規,○,100.0 す,雀,和通,―,98.5 す,スパイ,XP,―,64.7 す,西瓜,新規,―,98.5 せ,世界,和通,○,97.1 せ,洗濯機,XP,―,100.0 せ,線路,新規,○,75.0 そ,算盤,和通,―,94.1 そ,蕎麦,XP,―,100.0 そ,掃除,新規,○,100.0 た,タバコ,和通,―,94.1 た,卵,XP,○,100.0 た,田んぼ,新規,―,97.1 ち,千鳥,和通,―,38.2 ち,知人,XP,―,26.5 ち,地球,新規,○,98.5 つ,燕,和通,―,95.6 つ,翼,新規,―,83.8 つ,積み木,新規,―,97.1 て,手紙,和通,○,94.1 て,鉄棒,新規,○,97.1 て,テレビ,新規,○,100.0 と,東京,和通,―,95.6 と,戸棚,XP,―,92.6 と,時計,新規,○,98.5 な,名古屋,和通,―,73.5 な,納豆,XP,―,98.5 な,名前,新規,○,98.5 に,日本,和通,○,97.1 に,ニンジン,XP,―,98.5 に,人間,新規,○,98.5 ぬ,塗り絵,和通,―,100.0 ぬ,縫い物,XP,―,88.2 ぬ,脱け殻,新規,―,69.1 ね,ネズミ,和通,―,100.0 ね,粘土,新規,―,95.6 ね,値段,新規,○,97.1 の,野原,和通,○,97.1 の,喉,新規,―,97.1 の,ノート,新規,○,98.5 は,葉書,和通,―,95.6 は,葉っぱ,XP,―,100.0 は,鋏,新規,―,100.0 ひ,光,和通,―,97.1 ひ,ヒトデ,XP,―,86.8 ひ,羊,新規,―,98.5 ふ,布団,和通,―,97.1 ふ,船,XP,○,97.1 ふ,風船,新規,○,94.1 へ,平和,和通,○,86.8 へ,ヘチマ,XP,―,100.0 へ,返事,新規,○,91.2 ほ,保健,和通,○,97.1 ほ,蛍,XP,―,92.6 ほ,星,新規,○,97.1 ま,マッチ,和通,○,95.6 ま,まな板,XP,―,98.5 ま,漫画,新規,○,94.1 み,ミカン,和通,―,100.0 み,港,新規,○,94.1 み,南,新規,○,98.5 む,無線,和通,―,55.9 む,虫歯,XP,―,92.6 む,虫,新規,○,100.0 め,明治,和通,○,75.0 め,眼鏡,XP,○,94.1 め,目盛り,新規,○,92.6 も,紅葉,和通,○,100.0 も,モモンガ,XP,―,50.0 も,モグラ,新規,―,97.1 や,大和,和通,―,64.7 や,焼き芋,XP,―,100.0 や,ヤカン,新規,―,100.0 ゆ,弓矢,和通,―,77.9 ゆ,百合,XP,―,82.4 ゆ,浴衣,新規,―,92.6 よ,吉野,和通,―,14.7 よ,ヨット,XP,―,95.6 よ,予定,新規,○,100.0 ら,ラジオ,和通,○,97.1 ら,ラクダ,新規,―,98.5 ら,ランチ,新規,―,75.0 り,リンゴ,和通,―,97.1 り,リス,XP,―,98.5 り,理由,新規,○,89.7 る,留守番,和通,―,95.6 る,ルビー,XP,―,57.4 る,ルーム,新規,―,51.5 れ,レモン,和通,―,95.6 れ,歴史,XP,○,92.6 れ,列車,新規,○,92.6 ろ,ローマ,和通,―,44.1 ろ,ロンドン,XP,―,64.7 ろ,廊下,新規,○,100.0 わ,ワラビ,和通,―,39.7 わ,ワイン,XP,―,72.1 わ,ワカメ,新規,―,95.6 が,学校,和通,○,100.0 が,外国,新規,○,94.1 が,楽器,新規,○,98.5 ぎ,ギリシャ,和通,―,42.6 ぎ,銀行,XP,○,97.1 ぎ,疑問,新規,○,72.1 ぐ,グランド,和通,―,80.9 ぐ,群馬,XP,―,55.9 ぐ,グラフ,新規,○,92.6 げ,ゲーム,和通,―,100.0 げ,現金,XP,○,51.5 げ,元気,新規,○,98.5 ご,ゴリラ,和通,―,97.1 ご,ご飯,XP,○,95.6 ご,号令,新規,○,66.2 ざ,座布団,和通,―,100.0 ざ,ザーサイ,XP,―,54.4 ざ,材料,新規,○,89.7 じ,シジミ,和通,―,77.9 じ,地震,XP,○,95.6 じ,時間,新規,○,100.0 ず,ズボン,和通,―,98.5 ず,図鑑,新規,○,97.1 ず,図星,新規,―,30.9 ぜ,税関,和通,―,8.8 ぜ,税金,XP,○,47.1 ぜ,全部,新規,○,100.0 ぞ,雑巾,和通,―,100.0 ぞ,象,XP,―,95.6 ぞ,雑煮,新規,―,73.5 だ,だるま,和通,―,95.6 だ,団子,XP,―,98.5 だ,大根,新規,―,97.1 ぢ,鼻血,和通,―,97.1 づ,鼓,和通,―,23.5 で,電話,和通,○,100.0 で,電車,新規,○,98.5 で,電気,新規,○,98.5 ど,ドレミ,和通,―,82.4 ど,ドア,XP,―,92.6 ど,道路,新規,○,94.1 ば,バナナ,和通,―,100.0 ば,バイキン,XP,―,76.5 ば,バケツ,新規,―,98.5 び,ビール,和通,―,69.1 び,ビル,新規,―,95.6 び,美術,新規,○,73.5 ぶ,ブランコ,和通,―,83.8 ぶ,豚,XP,―,97.1 ぶ,文章,新規,○,95.6 べ,ベルト,和通,―,95.6 べ,ベトナム,XP,―,45.6 べ,ベンチ,新規,―,92.6 ぼ,ボタン,和通,○,100.0 ぼ,ボール,XP,○,100.0 ぼ,帽子,新規,○,100.0 ぱ,パンダ,和通,―,76.5 ぱ,パン,新規,―,75.0 ぱ,パジャマ,新規,―,91.2 ぴ,ピアノ,和通,―,100.0 ぴ,ピーマン,XP,―,92.6 ぴ,ピンク,新規,―,89.7 ぷ,プリント,和通,―,100.0 ぷ,プール,XP,―,100.0 ぷ,プリン,新規,―,100.0 ぺ,ペット,和通,―,85.3 ぺ,ペンキ,XP,―,85.3 ぺ,ペンギン,新規,―,94.1 ぽ,ポスト,和通,○,94.1 ぽ,ポット,XP,―,91.2 ぽ,ポケット,新規,―,100.0 .付録・表1ここまで. 第2章 中学生の単語親密度に基づいたアルファベットのフォネティック読み単語の選定 Word Selection for Phonetic Alphabet Based on the Word Familiarity Evaluated by Junior High School Students あらまし.  視覚障害者用スクリーンリーダの多くは,アルファベットのフォネティック読みにNATO phonetic alphabetを採用している。しかし,その単語の中には,日本人生徒には馴染みが低いと思われる単語や,日本人が混同しやすい発音対(/b/と/v/,/r/と/l/など)を含んだ単語などがある。スクリーンリーダのユーザとして中学生を想定し,現在のフォネティック読みを彼らが理解できるかどうか,改良するならどのような単語を使うのがよいかを検討するため,中学生を対象とした単語聞き取り調査を実施した。その結果,NATO phonetic alphabetの単語の大部分は親密度が低く,頭文字正答率が高い語も半分程度にとどまった。他方で,主に中学1年学習単語から選んだ候補単語の大部分は親密度が高く,正答率が高かった。以上を踏まえ,単語親密度と頭文字正答率の両方が高い単語を,日本人生徒用フォネティック読みに適した単語として提案した。 1.はじめに.  アルファベット1字を単独で読み上げると聞き取りづらいことがしばしばある。そこで一つの単語を読み上げて,その単語の頭文字1字を正確に伝える方法がある。これを「フォネティック読み(phonetic alphabet / phonetic code)」という。例えば「Alpha」と読み上げて「A」を,「delta」と読み上げて「D」を伝える。以後,アルファベット1字を記すときは,視覚的な識別性のため大文字を用いる。  フォネティック読みは無線通信や電話など,音声のみで文字を正確に伝える場面で欠かせない。視覚障害者が音声でコンピュータを操作するときも同様に必要とされる。このため,画面情報を音声出力するスクリーンリーダソフトにはフォネティック読みが装備されている。現在利用者の多いスクリーンリーダ製品では,NATO phonetic alphabet[1]の単語を採用しているものが多い。NATO phonetic alphabetは,その名の通り元々NATO(北太西洋条約機構)で利用されたものだが,今では国際民間航空機関ICAO(The International Civil Aviation Organization)や国際電気通信連合ITU(International Telecommunication Union)でも採用されている。AからZのフォネティック読みの一覧を表1に示す。  NATO phonetic alphabetには欧米人にとって一般的な単語が採用されていると思われるが,それらが日本人にとって一般的であるとは限らない。地名(Lima, Quebec)や人名(Charlie, Romeoなど)だけでなく,一般名詞の中にも,日本人にとって馴染みが薄いと思われる単語が見られる(Foxtrot, Sierraなど)。単語への馴染みの度合(親密度とも表現される)は聞き取りの正確さ(単語了解度)に与える影響が大きいため[2],日本人にとっての馴染みの低さはフォネティック読みの聞き取りに影響すると考えられる。  外来語として馴染みはあっても,綴りを正確に想起できない単語もあるだろう。RまたはLで始まる単語は,仮名では同じラ行で表記されることが多いことから,発音だけからでは頭文字を正確に答えられず,その綴りを日本人の多くが正確に想起できる単語であることが望ましい。BとVで始まる単語も同様である.Quebecの頭文字も,仮名表記の「ケベック」からローマ字表記の規則をもとにKを想起するおそれもある。  近年,小中学校でコンピュータを学習することは一般的であり,それは盲学校/特別支援学校でも同様であることから,子どもにも理解しやすいフォネティック読みが求められる。その場合,先ほど指摘した単語の馴染みの度合については,日本人の子どもにとって馴染みのある単語を使うべきであると言える。  そこで,日本人の子どもをスクリーンリーダ利用者と想定して,彼らにとっての馴染みの度合の観点から,フォネティック読み用の単語を選定することとした。なお,平成19年5月現在の学習指導要領では英語の学習が中学生で始まることから[3],アルファベットのフォネティック読みについては中学生を対象とする。具体的には,NATO phonetic alphabetを仮名書きしたものと,中学生にとって馴染みがあると思われる候補単語とを音声で聞かせ,これらの単語の馴染みの度合(以後,親密度と表す)を評定してもらうとともに,単語の頭文字を答えてもらうという調査を行う。調査結果から,単語親密度と頭文字正答率の両方が高い単語を新しいフォネティック読みの候補として提案するとともに,単語親密度と頭文字正答率の関係を考察する。 表1  NATO phonetic alphabet. テキスト版註: 以下の表は,「アルファベット」,「フォネティック読み」の順に書かれています。 .表1ここから. A,Alfa B,Bravo C,Charlie D,Delta E,Echo F,Foxtrot G,Golf H,Hotel I,India J,Juliet K,Kilo L,Lima M,Mike N,November O,Oscar P,Papa Q,Quebec R,Romeo S,Sierra T,Tango U,Uniform V,Victor W,Whiskey X,X-Ray Y,Yankee Z,Zulu .表1ここまで. 2.調査用単語の選定. 2.1 選定の方針.  調査用単語は,NATO phonetic alphabetの26語と,中学生にとって馴染みがあると思われる候補単語104語の合計130語である。  NATO phonetic alphabetを調査対象とするのは,これが既存のスクリーンリーダ3種類(PC-Talker,VDM100W,JAWS 6.2)で採用されているためである。  候補単語104語は,NATO phonetic alphabetとは別の単語を,アルファベット1字につき四つずつ選定する。その選定にあたってまずは,どのような資料を使えば子どもにとって親密度が高い単語を選べるかを検討した。  学習基本語彙(約4,000語)[4]は,小学生が様々な表現活動に十分に駆使できるとされる単語である。しかし,これに含まれる英語由来の片仮名語は28語と少なく,それらの頭文字はアルファベット26字をカバーしていない。片仮名語や外来語の辞典は多数出版されているが(例えば[5]〜[7]),子どもの語彙の観点から編集された辞典は見あたらず,単語の選定基準を決められない。  そこで今回は英語教科書の利用を考えた。中学1年の英語教科書に現れる単語であれば,それらの学習を終えた子どもたちにとっておしなべて親密度が高く,綴りも学習が済んでいると考え,ここから候補単語を選ぶこととした。 2.2 選定の手順. (1) 中学1年英語教科書6冊の巻末にある単語一覧から単語を書き出した。使用した教科書,出版社,単語数を表2に示す。多くの単語は複数の教科書に共通して現れるので,これらを1語としてまとめると,合計で868語となった。 (2) 名詞,動詞,形容詞から選択するものとする。このため,接続詞3語,助動詞7語,前置詞18語,冠詞3語,代名詞38語,間投詞11語を削除した。 (3) 名詞のうち人名14語をすべて削除した。 (4) 名詞のうち数詞44語をすべて削除した。 (5) 名詞のうち複数形のもの13語をすべて削除した。 (6) 動詞の活用形(3人称単数現在形,過去形)19語をすべて削除した。 (7) 頭文字が黙字である3語(know, write, wrong)をすべて削除した。 (8) (2)〜(7)の削除後に残った単語群695語の中から,発音をカタカナ表記すると3〜5文字となる単語を選ぶと557語となった。カタカナ表記の際,Vの発音はヴではなくバ行で表した。また,拗音は計数しなかった。 (9) (8)の中から,名詞を中心に,片仮名表記が同じとなる語の対(例:singとthing)を除いて,親密度が高いと考えられた単語を,アルファベット1字につき4語ずつ選択した。ただし,5字(J, Q, X, Y, Z)で始まる中学1年単語に(2)〜(8)の条件を適用すると4語未満となったため,選定条件の一部を不適用としたり,または他の単語群から補充したりした(なお,JとYで始まる単語は不足していないことが,後に判明した)。 (10) J,Q,Yで始まる単語をそれぞれ1語,2語,1語ずつ,中学2年・3年の教科書に初出する単語から取り入れた。それらは,jump(2年初出),quick,quality(いずれも3年初出),young(2年初出)である。 (11) Zで始まる中学1年単語は3語と少ないため,(2)〜(8)の条件にかかわらず,この3語を用いた。Zで始まる単語は中学2年教科書では初出なしだった。3年教科書初出のzero-gは,1年初出のzeroを含む複合語のため用いなかった。そこで英和中辞典[8]にあたり,そこで基本語とされる約5,000語のうちZで始まる単語5語の中から1語(zone)を選んだ。 (12) Xで始まる単語は,6種類の英語教科書中学1〜3年の中に見つからなかった。更に英和中辞典で基本語とされる単語もなかった。そこで次の4語を,括弧内に示す理由から候補とした:Xavier(ザビエル:小学6年社会で学習する人名),XEROX(ゼロックス:95Readerのフォネティック読み), X線(NATO phonetic alphabetのX-Rayの日本語訳),X染色体(染色体:中学理科2分野で学習する用語)。 表2 中学1年英語教科書出現単語. テキスト版註: 以下の表は,「教科書名」,「出版社名」,「語数」の順に書かれています。 .表2ここから. Columbus 21,光村図書,365 New Crown English Series New Edition,三省堂,411 New Horizon English Course,東京書籍,407 One World English Course,教育出版,412 Sunshine English Course,開隆堂,445 Total English New Edition 1,学校図書,406 .表2ここまで. 3.英単語の頭文字筆記及び親密度評定調査. 3.1 音声刺激の作成.  2.の手順により,NATO phonetic alphabet 26語と候補単語104語を合わせた合計130語が調査用単語となった。アルファベット1字につき5語の単語が割り当てられたことになる。候補単語104語の一覧を表3に示した。  英単語を音声提示する場合,英語を母語とする人による発音と,日本語を母語とする人による日本語としての発音という2種類の形態がある。既存のスクリーンリーダでは,片仮名表記した単語を日本語の音声合成エンジンで発声させていることから,調査でもこれに準じた。すなわち,候補単語の発音を片仮名表記したものを,日本語を母語とする男性アナウンサーに日本語の発音とアクセントで読み上げてもらった。このため,子音であれば/v/は/b/と区別せずバ行で発音し,母音であれば/a/(hatのa),/u/(hutのu)などを区別せずに日本語のア段として発音してもらった。  調査用単語130語は,Microsoft ExcelのRANDOM関数を用いてランダムな順序に並べ替えた。  調査用単語とともに問題番号も同じアナウンサーに読み上げてもらった。回答時間は,ある単語の読み上げ後,次の問題番号が読み上げられるまでの時間とし,これを3.5秒に設定した。調査の趣旨と回答手順の説明も,同じアナウンサーの声で収録し,問題とともにCD-Rに録音した。130問の問題を前半と後半それぞれ65問ずつに分けて作成した。調査の趣旨から後半の問題が終了するまでおよそ21分となった。 3.2 調査参加者.  宮城教育大学附属中学校の2年生2クラス75人の生徒に調査に参加してもらった。男女の内訳は,男子37人,女子38人である。2年生としたのは,1年の学習を終えた学年だからである。   3.3 調査の手順と回答方法.  調査は,2007年10月中旬に,同中学校の二つの教室で実施した。  調査時には,CD-RをCDラジオカセットレコーダで再生した。まず調査の趣旨を聞いてもらいながら,教室後方座席の生徒にも十分聞こえるように音量を調節した。趣旨の次に回答方法の説明を再生し,その後に問題の読み上げを再生した。  生徒には,読み上げられたと思われる英単語の頭文字1字と,その単語の親密度の評定を回答時間内に記入してもらった。英単語ではない語(「X線」「X染色体」の2語)が刺激に含まれることも生徒に伝えた。  頭文字の回答は大文字で書くように伝えた。  親密度の評定では,よく知っている,だいたい分かる,知らない,という三つの選択肢から一つを選んでもらった。各選択肢の目安は次のように説明した。「よく知っている」は,知っていると自信を持って言える単語,「だいたい分かる」は,聞いたことはあるけど,よく知っているとは自信を持って言えない単語,「知らない」は,聞いたこともない単語,とする。  回答欄が次の段落に移るときや,回答用紙が次のページに移るとき,そして調査の前半終了後にはCD-Rの再生を一時停止して休憩時間を設けた。 表3 候補単語104語の一覧. テキスト版註: 以下の表は,「アルファベット」,「日本人生徒用フォネティック読み候補単語」の順に書かれています。 「日本人生徒用フォネティック読み候補単語」は,複数の単語が書かれています。 .表3ここから. A,America, apple, animal, answer B,boy, ball, book, box C,computer, Canada, cat, class D,desk, dinner, dog, dance E,egg, English, enjoy, energy F,family, father, fish, friend G,game, girl, good, guitar H,hot, hand, happy, house I,ice, idea, ink, Internet J,Japan, junior, jump, July K,kitchen, king, kick, koala L,love, long, lesson, lunch M,mother, music, milk, morning N,name, news, number, nature O,open, orange, old, over P,park, pencil, piano, picture Q,question, quiz, quality, quick R,room, report, real, restaurant S,school, sports, stop, summer T,teacher, tennis, time, table U,uniform, usually, umbrella, use V,violin, volleyball, video, volunteer W,week, winter, window, water X,X線, X染色体, Xavier, Xerox Y,yellow, yesterday, young, year Z,zoo, zero, zebra, zone .表3ここまで. 4.調査結果と考察.  NATO phonetic alphabetの単語である「uniform」が誤って2度出題されていたことが調査終了後に判明した。片仮名表記が「ユニホーム」と「ユニフォーム」のように異なっていたため,事前に検出できなかった。両者は頭文字の正答率は近い値だが(ユニホーム:84.0% vs. ユニフォーム:85.3%),単語親密度は約10%異なったため(同66.7% vs. 78.7%),正答率・親密度とも高かった「ユニフォーム」を残し,「ユニホーム」のデータは使わないことにした。このため,候補単語は1語減って103語となった。 4.1 頭文字正答率.  頭文字正答率の分布をNATO phonetic alphabetと候補単語に分けて記したのが図1の(a)と(b)である。  NATO phonetic alphabetの単語26語のうち16語(61.5%)が正答率80%超100%以下に集中した。これ以外の単語10語の正答率は1.3%(正答者1人)から80.0%まで広い範囲に散らばった。正答者が半数以下(正答率50%以下)の単語が6語(26語の23.1%)あった。中央値を求めると84.0%となった。  候補単語103語のうち84語(81.6%)と大部分が正答率80%超100%以下となった。正答率80%未満の単語19語のうち16語までが正答率50%を超えており,正答者が半数以下の単語は3語のみにとどまった。中央値は96.0%であり,NATO phonetic alphabetより16.0%高く,また100%に近い値である。 図1 頭文字正答率の分布 (a) NATO phonetic alphabet 26語 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,各データ区間の頻度を示します。 .図1(a)ここから. 10以下,1 10超20以下,1 20超30以下,1 30超40以下,1 40超50以下,2 50超60以下,2 60超70以下,1 70超80以下,1 80超90以下,7 90超100以下,9 .図1(a)ここまで. 図1 頭文字正答率の分布 (b) 候補単語103語 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,各データ区間の頻度を示します。 .図1(b)ここから. 10以下,2 10超20以下,0 20超30以下,1 30超40以下,0 40超50以下,0 50超60以下,3 60超70以下,1 70超80以下,12 80超90以下,8 90超100以下,76 .図1(b)ここまで. 図2 単語親密度の分布 (a) NATO phonetic alphabet 26語 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,各データ区間の頻度を示します。 .図2(a)ここから. 10以下,2 10超20以下,6 20超30以下,2 30超40以下,5 40超50以下,0 50超60以下,2 60超70以下,2 70超80以下,2 80超90以下,2 90超100以下,3 .図2(a)ここまで. 図2 単語親密度の分布 (b) 候補単語103語 テキスト版註: ここには,分布を表現するヒストグラムが挿入されています。 テキスト版では,各データ区間の頻度を示します。 .図2(b)ここから. 10以下,0 10超20以下,0 20超30以下,2 30超40以下,3 40超50以下,1 50超60以下,3 60超70以下,3 70超80以下,8 80超90以下,19 90超100以下,64 .図2(b)ここまで. 4.2 単語親密度.  各単語を「よく知っている」と答えた者の割合を本稿では単語の親密度とする。単語親密度の分布をNATO phonetic alphabetと候補単語に分けて記したのが図2の(a)と(b)である。  NATO phonetic alphabetの単語親密度は5.3%から96.0%の広い範囲に散らばった。親密度50%で区切ると,50%以下の単語が15語,50%以上の単語が11語で,親密度が低い単語の方が多い。中央値は38.0%と低い。  候補単語では,単語親密度90%超100%以下の範囲に64語(103語の62.1%)が集中した。親密度が80%を超える単語数は83語(同80.6%)に上る。親密度80%以下の単語20語のうち14語までが親密度50%を超えており,親密度50%以下の単語は6語のみにとどまった。中央値は93.3%と高い。 4.3 単語親密度と頭文字正答率の関係.  親密度が高い単語ほど頭文字の正答率も高いと予測される。この予測を検証するため,両者の関係を散布図に表した(図3)。各プロットは一つの単語を示す。全刺激単語129語をプロットした。図3では,左下から右上に向かってプロットが並んだ。単語親密度と頭文字正答率の間で相関係数を求めると,有意な比較的強い正の相関 (r=0.694)が見られた(t=10.8, df=127, p<0.01)。このときの回帰直線の式はy=0.564x+42.1となった。 図3 単語親密度と頭文字正答率の関係(散布図) .図3ここから. テキスト版註: X軸に単語親密度,Y軸に頭文字正答率をとる散布図。 グラフの概要,傾向は本文中に述べたとおり。 .図3ここまで.  親密度の影響を高/低正答率の割合から分析する。頭文字の正答率80%を区切りとして,それより正答率が高い群と低い群(80%以下)に分ける。親密度についても80%を区切りとして,それより上を高い群,それ以下を低い群とする。高親密度群と低親密度群の間で,高正答率と低正答率の単語の割合を見たのが図4である。高親密度群(n=88)はそのほとんどである94.3%が高正答率となったのに対し,低親密度群(n=41)で高正答率となったのは半分以下の41.5%となった。このように高親密度単語が高正答率につながったことが図4から容易に読み取れる。 図4 単語親密度と頭文字正答率の関係(帯グラフ) .図4ここから. テキスト版註: 高親密度群と低親密度群の頭文字正答率について,正答率を比較した帯グラフ。 グラフの概要,傾向は本文中に述べた通り。 .図4ここまで. 4.4 中学学習単語の単語親密度と漢字正答率.  中学学習単語であれば単語の親密度が高く,従って高い頭文字正答率が得られると考え,候補とした。この予測も検証する。NATO phonetic alphabetの中にも中学学習単語が含まれる(India, November, Mike, uniformほか)。逆に,候補単語にも中学学習単語でないものが含まれる(2.で記述)。そこで,全刺激単語を中学学習単語であるかどうかで分けて,親密度と正答率の高低の割合を比較した。  中学学習単語群(n=106)では高親密度単語の割合が82.1%を占めるのに対して,非中学学習単語群(n=23)では高親密度単語の割合が4.3%にとどまる(図5)。ここから,中学学習単語であれば親密度が高い単語が大部分となることが示された。  頭文字正答率について見ると,中学学習単語群では高正答率単語の割合が84.0%を占めるのに対して,非中学学習単語群では約半分の47.8%となった(図6)。ここから,中学学習単語であれば頭文字正答率が高い単語が大部分となることも示された。 図5 中学学習単語の単語親密度 .図5ここから. テキスト版註: 中学学習単語の単語親密度と非中学単語の単語親密度を比較した帯グラフ。 グラフの概要,傾向は本文中に述べた通り。 .図5ここまで. 図6 中学学習単語の頭文字正答率 .図6ここから. 中学学習単語の単語親密度と非中学単語の頭文字正答率を比較した帯グラフ。 グラフの概要,傾向は本文中に述べた通り。 .図6ここまで. 4.5 低正答率単語の誤答の分析  正答率が80%以下であった単語の誤答の傾向から,低正答率の要因を考える。表4には,4件以上を数えた誤答と,そこから類推される誤答の要因を記した。無回答は記入しなかった。表4より,誤答の傾向は以下の5種類に分けられる。 (1) 発音された仮名をローマ字表記したときの頭文字を答えたもの。子音では,バ行をBとしたもの4件(正答はV),カ行をKとしたもの4件(正答はQ, C。ただし「ク」はCとした回答が多い),ザ行をZとしたもの2件(正答はX)があった。母音では「ア」をAとしたもの2件(正答はI),「ウ」をUとしたもの1件(正答はW)があった。 (2) L とRの混同が5件。ローマ字表記したときの頭文字への誤りとも見なせるが,(1)の誤答と違って,LとRは両方向への間違いが見られたため,別項目とした。 (3) 仮名の1文字目に発音が近いアルファベットで答えたもの:「イ」をEとしたもの3件(正答はI, Y),「シ」をCとしたもの1件(正答はS)。 (4) 聞き間違えと思われるもの4件:ラ行をDとしたもの2件,「フォ」「フィ」をPまたはTとしたもの各1件。 (5) 「エ(ッ)クス」で始まるのでEと答えたもの3件(正答はX)。(1)と同じ誤りだが,これらはXで始まる日本語の単語なので別にくくった。   (1)〜(3)の誤りを回避する方法は,多くの人が綴りを正確に記憶している単語の利用することである。今回の調査結果の中で「ラブ」「ルーム」「ビデオ」などは,日本語の発音とアクセントで提示されたにもかかわらずそれぞれ94.7%,93.3%,85.3%と高い頭文字正答率となった。フォネティック読み単語としてこれらを利用するのがよいだろう。  聞き間違えと推察される4件のうち3件は親密度が低い語であった(「フォックストロット」8.0%,「ロミオ」37.3%,「リアル」40.0%)。他の1件は,親密度の高い別な単語“tissue”への聞き間違えが推測される。そのような聞き間違えの回避策も上と同じである。  Xをザ行で発音する単語2語はいずれも正答率が0%であった(表4)。これに対して「X線」の正答率は77.3%,「X染色体」の正答率は74.7%であったことから,他の単語とは規則が異なるが,頭文字のXを「エックス」と発音する日本語の単語を用いた方がよいと言える。  親密度が高いものの(80%超)正答率が低かった単語は5語あった:volleyball, fish, ice, idea, Internet。その要因は既に述べたとおりである。 4.6 低親密度・高正答率の要因.  低正答率の要因(1)〜(3)を逆に見れば,単語親密度が低くても正答率が高い単語があった理由を考えられる。  親密度が80%以下だが正答率が80%を超えた単語17語を列記する:alpha, bravo, Charlie, delta, echo, energy, Juliet, kick, kilo, king, nature, Oscar, tango, uniform, yankee, zebra, zone。これらのうちuniformを除いた16語は訓令式もしくはヘボン式(CharlieとJuliet)でローマ字表記した綴りの頭文字が英単語の頭文字と一致している。このような単語であれば,親密度が低くても頭文字は正答できるのである。 4.7 候補単語.  調査結果をもとに,日本人生徒用アルファベットのフォネティック読みに適した単語を表5にまとめた。これらは,単語親密度と頭文字正答率の両方が80%を超えた単語である。Xについては,この条件に当てはまる単語はないため,正答率が高い方から2語を挙げた。1文字につき複数ある場合はどれを選んでもよいだろう。 5.まとめ  既存のNATO phonetic alphabetと中学学習単語等から選んだ候補単語を中学生に聞かせ,単語親密度の評定と頭文字の記入をおこなわせた。その結果,候補単語の大部分は親密度が高く,正答率が高かった。他方で,NATO phonetic alphabetの単語の大部分は親密度が低く,頭文字正答率が高い語も半分程度にとどまった。調査結果から,単語親密度と正答率の間に比較的強い正の相関を見出した。また,仮名文字のローマ字表記と英単語の綴りの一致性も正答率に影響を与える一因であることが分かった。以上を踏まえ,単語親密度と頭文字正答率の両方が高い単語を,日本人生徒用フォネティック読みに適した単語として提案した。 表4 頭文字正答率が低かった単語の誤答の種類とその要因の分析. テキスト版註: 以下の表は,「アルファベット」,「調査単語(英語表記)」,「調査単語(仮名表記)」,「正答率[%]」,「親密度[%]」,「多かった誤答とその件数」,「推定される誤答の要因」の順に書かれています。 .表4ここから. X,Xavier,ザビエル,0,62.7,Z(65),ザ行⇒Z X,Xerox ゼロックス ,0,21.3,Z(69),ザ行⇒Z Q,Quebec,ケベック,1.3,10.7,K(58),カ行⇒K X,X-ray,エクスレイ,18.7,16.0,E(51) ,エ(ッ)クス⇒E V,volunteer,ボランティア,25.3,72.0,B(52),バ行⇒B L,Lima,リマ,29.3,20.0,R(41) ,ラ行⇒R F,foxtrot,フォックストロット,33.3,8.0,P(29),F⇒P I,India,インディア,49.3,38.7,E(27),イ⇒E V,victor,ビクター,49.3,13.3,B(11), R(5),バ行⇒B R,real,リアル,50.7,40.0,D(14), L(11),R⇒D, ラ行⇒L R,Romeo,ロミオ,53.3,37.3,L(23), D(5),ラ行⇒L, R⇒D S,sierra,シエラ,53.3,5.3,C(8),シ⇒C Q,quality,クオリティー,58.7,36.0,C(14), K(5),カ行⇒C, K Y,year,イヤー,60.0,65.3,E(16),イ⇒E R,report,レポート,61.3,68.0,L(24),ラ行⇒L Z,Zulu,ズールー,66.7,13.3,, L,lesson,レッスン,70.7,73.3,R(20),ラ行⇒R R,restaurant,レストラン,70.7,78.7,L(22),ラ行⇒L I,Internet,インターネット,72.0,98.7,E(21),イ⇒E I,ice,アイス,74.7,88.0,A(17),ア⇒A I,idea,アイデア,74.7,84.0,A(18) ,ア⇒A X,X染色体,エックスセンショクタイ,74.7,29.3,E(15),エ(ッ)クス⇒E F,fish,フィッシュ,77.3,96.0,T(14),F⇒T V,violin,バイオリン,77.3,74.7,B(15),バ行⇒B X,X線,エックスセン,77.3,57.3,E(11),エ(ッ)クス⇒E Q,quick,クイック,78.7,52.0,C(6), K(5),カ行⇒C, K C,Canada,カナダ,80.0,78.2,K(13),カ行⇒K V,volleyball,バレーボール,80.0,89.3,B(13),バ行⇒B W,whiskey,ウィスキー,80.0,40.0,U(4),ウ⇒U .表4ここまで. 表5 日本人中学生向けのフォネティック読みに適した単語一覧 テキスト版註: 以下の表は,「アルファベット」,「日本人生徒用フォネティック読み単語」の順に書かれています。 「日本人生徒用フォネティック読み単語」には,複数の単語が書かれている場合があります。 .表5ここから. A,America, animal, answer, apple B,ball, book, box, boy C,cat, class, computer D,dance, desk, dinner, dog E,egg, English, enjoy F,family, father, friend G,game, girl, golf, good, guitar H,hand, happy, hot, hotel, house I,ink J,Japan, July, jump, junior K,kitchen, koala L,long, love, lunch M,Mike, milk, morning, mother, music N,name, news, November, number O,old, open, orange, over P,papa, park, pencil, piano, picture Q,question, quiz R,room S,school, sports, stop, summer T,table, teacher, tennis, time U,umbrella, use, usually V,video W,water, week, window, winter X,X線, X染色体 Y,yellow, yesterday, young Z,zero, zoo .表5ここまで. 参考文献 [1] 総務省, 無線局運用規則(最終改正:2006年11月20日総務省令第134号). http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25F30901000017.html [2] 坂本修一, 天野成昭, 鈴木陽一, 近藤公久, 小澤賢司, 曽根敏夫, “単語了解度試験におけるモーラ同定に対する親密度の影響,” 日本音響学会誌, Vol.60, No.7, pp.351-357, 2004. [3] 文部科学省, 中学校学習指導要領(平成10年12月告示,平成15年12月改正版), 国立印刷局, 東京, 2005. [4] 甲斐睦朗(監), 語彙指導の方法[語彙表編], 光村図書出版, 東京, 2002. [5] 三省堂編修所(編), コンサイスカタカナ語辞典第3版, 三省堂, 東京, 2005. [6] 小学館外国語辞典編集部(編), ポケットプログレッシブ カタカナ語辞典, 小学館, 東京, 2007. [7] 河合伸(監), 朝日新聞社用語幹事(編), 朝日新聞のカタカナ語辞典, 朝日新聞社, 東京, 2006. [8] 竹林滋, 東信行, 諏訪部仁, 市川泰男, 新英和中辞典第7版, 研究社, 東京, 2003. 出典 本章は,以下の技術研究報告原稿をもとに再構成した。 渡辺哲也, 佐々木朋美, 青木成美, 永井伸幸:視覚障害者用スクリーンリーダのフォネティック読みに関する研究―中学生の利用を考慮した説明単語の選定―, 電子情報通信学会技術報告, WIT2007-91, March 2008. 第3章 研究成果の普及 Dissemination of the Research Results あらまし.  第1章と第2章では,調査結果に基づいて,仮名とアルファベットのフォネティック読みに適すると思われる単語の一覧を掲載した。その一覧から,各仮名・アルファベットごとに1単語ずつを選んで,スクリーンリーダなどの視覚障害者用音声システムにそのまま利用できるフォネティック読み一覧を作成した。この研究成果を普及させるため,Webサイトに掲載するとともに,研究成果報告会を開いた。 1.視覚障害者用音声システム向けフォネティック読みの一覧  第1章と第2章の調査結果をもとに,スクリーンリーダなどの視覚障害者用音声システムにそのまま利用できるフォネティック読みの一覧を作成した。 1.1 児童向け仮名フォネティック読み  表1は,児童向け仮名フォネティック読みに適していると思われる単語一覧(第1章の表2)から仮名ごとに1単語ずつ選んで作成した。このとき,和文通話表に含まれる単語を優先し,これがない場合は単語親密度が最も高い単語を選んだ。「タバコ」は和文通話表の単語であり親密度も高かったが,これを子どもに提示するのは不適切と思われたので,新規候補単語である「卵」を採用した。  「ゐ」「ゑ」「を」「ん」で始まる単語について,今回は親密度調査をおこなっていない。そこで,既存のフォネティック読みから適切と思われるものを選んだ。PC-Talkerの読みから「昔のイ」と「昔のエ」,XP Readerの読みから「ワ行のオ」,和文通話表から「おしまいのン」を採用した。  この結果,表1には,和文通話表の単語が52語,新規候補単語が15語,XP Readerの単語が4語,PC-Talkerの単語が2語含まれることとなった。 表1 児童向け仮名フォネティック読みの一覧 出典の「和通」は和文通話表,「新規」は新規候補単語,XPはXP Reader,PCはPC-Talkerを表す。 テキスト版註: 以下の表は,「仮名」,「仮名フォネティック読み」,「出典」の順に書かれています。 .表1ここから. あ,アサヒノア,和通 い,イチゴノイ,新規 う,ウサギノウ,XP え,エイゴノエ,和通 お,オオサカノオ,和通 か,カゾクノカ,新規 き,キッテノキ,和通 く,クスリノク,新規 け,ケシキノケ,和通 こ,コドモノコ,和通 さ,サクラノサ,和通 し,シンブンノシ,和通 す,スズメノス,和通 せ,セカイノセ,和通 そ,ソロバンノソ,和通 た,タバコノタ,和通 ち,チキュウノチ,新規 つ,ツバメノツ,和通 て,テガミノテ,和通 と,トウキョウノト,和通 な,ナマエノナ,新規 に,ニホンノニ,和通 ぬ,ヌリエノヌ,和通 ね,ネズミノネ,和通 の,ノハラノノ,和通 は,ハガキノハ,和通 ひ,ヒカリノヒ,和通 ふ,フトンノフ,和通 へ,ヘイワノヘ,和通 ほ,ホケンノホ,和通 ま,マッチノマ,和通 み,ミカンノミ,和通 む,ムシノム,新規 め,メガネノメ,XP も,モミジノモ,和通 や,ヤカンノヤ,新規 ゆ,ユカタノユ,新規 よ,ヨテイノヨ,新規 ら,ラジオノラ,和通 り,リンゴノリ,和通 る,ルスバンノル,和通 れ,レモンノレ,和通 ろ,ロウカノロ,新規 わ,ワカメノワ,新規 ゐ,ムカシノイ,PC ゑ,ムカシノエ,PC を,ワギョウノヲ,XP ん,オシマイノン,和通 が,ガッコウノガ,和通 ぎ,ギンコウノギ,XP ぐ,グランドノグ,和通 げ,ゲームノゲ,和通 ご,ゴリラノゴ,和通 ざ,ザブトンノザ,和通 じ,ジカンノジ,新規 ず,ズボンノズ,和通 ぜ,ゼンブノゼ,新規 ぞ,ゾウキンノゾ,和通 だ,ダルマノダ,和通 ぢ,ハナヂノヂ,和通 づ,ツヅミノヅ,和通 で,デンワノデ,和通 ど,ドレミノド,和通 ば,バナナノバ,和通 び,ビルノビ,新規 ぶ,ブランコノブ,和通 べ,ベルトノベ,和通 ぼ,ボタンノボ,和通 ぱ,パジャマノパ,新規 ぴ,ピアノノピ,和通 ぷ,プリントノプ,和通 ぺ,ペットノペ,和通 ぽ,ポストノポ,和通 .表1ここまで. 1.2 日本人中学生向けアルファベットのフォネティック読み  表2は,日本人中学生向けフォネティック読みに適していると思われる単語一覧(第2章の表5)から各アルファベットごとに1単語ずつ選んで作成した。このとき,NATO phonetic alphabetに含まれる単語を優先したが,その数は6語にとどまった(そのうち1語「X線」はNATO phonetic alphabetにおける「X-ray」の日本語訳)。それ以外では,候補単語から頭文字正答率と単語親密度(いずれも単位は%)を足し合わせた数値が最も高い単語を選んだ。その語数は20語となった。 表2 日本人中学生向けアルファベットのフォネティック読みの一覧 テキスト版註: 以下の表は,「アルファベット」,「日本人中学生向けフォネティック読み単語」,「出典」の順に書かれています。 .表2ここから. A,アニマル,新規 B,ボーイ,新規 C,キャット,新規 D,デスク,新規 E,エッグ,新規 F,フレンド,新規 G,ゴルフ,NATO H,ホテル,NATO I,インク,新規 J,ジャパン,新規 K,キッチン,新規 L,ラブ,新規 M,マイク,NATO N,ノベンバー,NATO O,オープン,新規 P,パパ,NATO Q,クエスチョン,新規 R,ルーム,新規 S,スポーツ,新規 T,タイム,新規 U,ユージュアリー,新規 V,ビデオ,新規 W,ウィンドウ,新規 X,エックスセン,NATO Y,ヤング,新規 Z,ズー,新規 .表2ここまで. 2.研究成果物配布Webサイト  第3章第1節に掲載したフォネティック読み一覧を,国立特別支援教育総合研究所の教育コンテンツの一つとして,Webサイト「視覚障害者と漢字詳細読みのページ」に掲載し,一般公開した。このWebサイトのURLアドレスを以下に示す。フォネティック読みは「田町読み(記号類)」の中に含まれている。 URL:http://www.nise.go.jp/kanji/  サイトのトップページ画面を図1に示す。このサイト内の「ダウンロードページ」で使用条件を確認するとともに,名前,所属,業種,メールアドレスを記入し,希望する成果物を選んで送信すると,成果物をダウンロードできるURLアドレスを示したメールが利用者に送られる。利用者はそのアドレスにアクセスすれば,各成果物をダウンロードできる。 図1 研究成果物配布Webサイトのトップページ テキスト版註: サイトのタイトル,サイトの案内,更新履歴が表示されている。 3.研究成果報告会 3.1 報告会の概要  研究成果を関係者に伝えるため,研究成果報告会を開催した。フォネティック読みの研究成果のほかに,この研究の前身である漢字詳細読みの研究成果を活用している事例についても発表をしてもらった。本研究の関係者と事例紹介者を併せた参加者数は9人であった。報告会の開催要項を下に記す。各発表の資料を本章の付録に示す。 3.2 報告会の開催要項 テーマ: 田町読み完成報告会―視覚障害者と漢字にまつわるエトセトラ― 日時: 平成20年11月14日(金)13:10〜16:40 会場: キャンパスイノベーションセンター東京 2階 多目的室4 プログラム: ・開会の挨拶 【第1部】田町読みに関する講演 [発表1]田町読みの開発について〜JIS2漢字の詳細読みとフォネティック読みを中心に 渡辺 哲也(国立特別支援教育総合研究所) [発表2]FocusTalkにおける田町読みの利用について 廣田 優行(株式会社スカイフィッシュ) 【第2部】視覚障害者と漢字にまつわるエトセトラ〜講演とディスカッション [発表3]漢字同音異義語問題の盲学校における活用について 渡邊 寛子(福島県立盲学校) [発表4]同音異義語を間違えないための工夫について 南谷 和範(国立特別支援教育総合研究所) 【ディスカッション】 議題 ・漢字学習の到達目標はどこか? ・漢字の形を覚える必要はあるか? ・JIS3漢字とJIS4漢字の詳細読みについて ・閉会の挨拶 3.3 発表の成果  各発表からは次のような成果が得られた。 「田町読みの開発について〜JIS2漢字の詳細読みとフォネティック読みを中心に」  詳細読みとフォネティック読み開発の苦労がよく分かったという感想が寄せられた。 「FocusTalkにおける田町読みの利用について」  開発した詳細読みが分かりやすいという評判を得ていることを知ることができた。 「漢字同音異義語問題の盲学校における活用について」  研究成果の盲学校における活用の様子を詳しく知ることができた。 「同音異義語を間違えないための工夫について」  語頭の文字が同一の同音異義語を間違えやすいという事実を知ることができた。 3.4 ディスカッションの内容  ディスカッションでは,次のような論点や意見が示された。 ・漢字学習の大きな目標の一つは,人に読んでもらえる文章を書ことである。このためには,漢字の間違いは少ない方がよい。しかしながら,パソコンという代替コミュニケーションを使う意欲を失わせないためには,視覚障害者による漢字の間違いをある程度許容すべきであろう。 ・同音異義語の学習とともに,同義語を同時に学習することも重要である。 ・漢字の選択結果を自分で採点できるような自習教材があるとよい。 ・生徒たちは同音異義語学習の授業を楽しんでいるか? →生徒たちは漢字を選ぶ作業を楽しんでいる。 ・視覚障害者にとって文章の中で正しい漢字を選べることが重要。そのためには語彙力の向上が不可欠。しかし,一般校では漢字の書き取りが重要であり,視覚障害のある児童生徒も字形の学習に偏りがちである。 ・パソコン入力時に漢字を書き間違えないためには,連文節入力が有効と思われる。これは,仮名漢字変換システムが文脈を推定することで,単文節入力時に比べて正しい候補を示す割合が高いからである。ただし,文章が長いと,間違ったときの訂正が煩雑になるため,適度な長さというのがあると思われる。 ・正しい文章を書くには,音声だけに頼らず,点字ディスプレイを活用する必然性を感じる。 資料1_田町読み完成報告会 スライド1 田町読み完成報告会 視覚障害者と漢字にまつわるエトセトラ 日時:平成20年11月14日(金)13:10〜16:40 会場:キャンパスイノベーションセンター東京 多目的室4 スライド2 田町読みの構成 1. JIS第1水準漢字(2965字)の詳細読み 1.1 常用漢字(1945字)を含む 1.1.1 常用漢字は教育漢字(1006字)を含む 2. JIS第2水準漢字(3390字)の詳細読み 3. フォネティック読み 3.1 ローマ文字のフォネティック読み 3.2 仮名フォネティック読み 3.3 記号類の読み スライド3 JIS2漢字詳細読み策定手順のまとめ 1. 『漢字源』、『広辞苑』、『新明解国語辞典』を典拠 2. 当該漢字を含む熟語があればそれを使う 3. 熟語がない場合、あるいは単語親密度が低い場合、字形を使って説明する 4. 字形の場合、音読みを前に置く 5. JISの附属書における読みと『漢字源』で異なる場合、『漢字源』を優先 6. 獣偏、鳥偏、魚偏などの付いた生物は、「動物の」などの性質の説明を付ける 7. 熟語や字形でも説明できない場合、漢字の意味と読みで説明する スライド4 仮名フォネティック読みのまとめ 1. 調査:既存の仮名フォネティック読み単語と新規候補単語について,児童に単語親密度を評定してもらった 2. 結果:学習基本語彙より選んだ単語は既存の単語より児童単語親密度が高いものの割合が高かった 3. 提案:既存のフォネティック読み単語のうち児童の親密度が低かった単語を,親密度の高い新規候補単語で置き換える スライド5 ローマ字フォネティック読みのまとめ 1. NATO phonetic alphabetの検証と新規候補単語の提案と検証 2. 高親密度単語は高正答率 2.1 NATO phonetic alphabetは低親密度が多かった 2.2 中学1年単語は,2年の生徒には高親密度・高正答率が多かった 3. 低正答率単語の要因,低親密度・高正答率単語の要因を探った 4. 生徒にも分かりやすいフォネティック読みを提案した スライド6 今後の課題 1. 平成22年秋に常用漢字の改訂 1.1 提供ファイル改訂の必要性 2. JIS第3・第4水準漢字の詳細読みの開発は? 2.1 JIS3とJIS4はWindows Vistaで標準搭載 資料2_FocusTalkにおける田町読み スライド1 FocusTalkにおける田町読みの利用について 2008年11月14日 株式会社スカイフィッシュ スライド2 INDEX 1. FocusTalkの詳細読み辞書 2. 田町読みへの切り替え 3. デモ 4. FocusTalkから見た田町読みのニーズ スライド3 FocusTalkの詳細読み辞書 FocusTalkには2種類の詳細読み辞書が搭載されており、それぞれを切り替えて使用することが出来る。 ・標準辞書…浦和大学 寺島先生よりご提供 ・田町読み辞書 スライド4 田町読みへの切り替え 田町読みへの切り替えは簡単!(設定を変更するだけ) (1) FocusTalkのメニューより「FocusTalkの設定」−「辞書設定」−「1文字読みシステム辞書切替」を選択 (2) 「1文字読みシステム辞書切替」画面のコンボボックスより"田町読み"を選択 スライド5 FocusTalkから見た田町読みのニーズ 現場でのお客様からの生の声 1.視覚障害者(比較的若い方・高齢の方) 1.1 現代の用語にマッチした表現で解り易さが向上 1.2 標準辞書では解りにくいという方には、田町読みに誘導 2. 外国人(日本語の勉強・日本語変換) 最近は外国籍の方からの問い合わせが増えており、「正しく漢字を理解したい」「漢字 変換を正確に行いたい」というニーズがある。 (外国人の方は、話し言葉では理解できるが、漢字が読めない人が圧倒的に多い) 資料3_盲学校における実践例 盲学校における同音異義語練習問題の活用実践例 全盲生の漢字力アップを目指して 福島県立盲学校高等部普通科 渡辺 寛子 概要  大学進学を希望している高等部の全盲女子の国語力向上を目指して、特総研が制作した「同音異義語の仮名漢字変換練習用音声問題」を自立活動の時間で活用した実践例を紹介する。 1 はじめに  大学進学のための外部模試の問題を触読してみたところ、古文も漢文も音を重ねた熟語の理解が全盲の受験生にとって圧倒的なハンディになると感じた。中途失明の筆者でさえ、漢字の説明の注釈がほしいと思うのだから、先天盲の生徒には音だけでは漢字のイメージや意味の見当がつかず、内容の理解の大きな妨げとなる熟語がかなりあると思われた。しかし、漢字の説明の注釈を増やすことは、限られた時間内に読む量が増えることにつながる。 他方で、漢文は書き下し文で出題されているのだから、語彙力が増せば、内容によっては、古文よりも漢文の方が得点しやすい場合もある。つまり、選択問題で漢文を選べるように学習しておく必要があると感じた。  平成18年度の3学期には、左から右へ指で読む訓点の法則を生徒に理解させた後、パソコンの音声ソフトの詳細音訓を書き取りながら、漢字の熟語を増やすようなノート作りを工夫させた。  語彙力として、漢字検定4級レベルの同音異義語の書き分けから身につけさせることが、大学進学のため必要最低限の能力であると思われた。これを確実に身につけさせるため平成19年度は、自立活動の時間で語彙力の向上に取り組むこととなった。その取組の中で、特総研が制作した「同音異義語の仮名漢字変換練習用音声問題」を活用した。更に、大学進学を希望している女子とともに、他の生徒3名も同じ課題に取り組ませた。 2 平成19年度の取組 2-1 生徒の実態 A: 高等部3年、全盲男子。小学生のときは普通校の弱視学級に在籍し、偏や旁の形をした木片を組み合わせて作った漢字を触って覚えた。更にレーズライタで書く練習もしてきた。高等部1年のときに情報の授業を履修したが、今回の取組まで1年間のブランクがあったため、ファイルの保存方法を忘れるなど、パソコン操作に課題がある。 B: 高等部3年、弱視男子。パソコン操作は得意。平成19年度の目標は、後輩に指導しつつ、語彙を増やすこと。 C: 高等部2年、全盲女子。平成18年度の情報の授業内容がしっかり身についている。2学期の中間考査では、現代文のテストの中の漢字の説明の問題にもベストを尽くして取り組んだ。 D: 高等部1年、弱視男子。パソコンには苦手意識あり。眼疾のため、パソコン画面を長時間見続けると具合が悪くなるが、音声の併用には踏み切れないでいた。あるとき、画面を黒白反転にするとともに拡大表示をし、更に音声の詳細音訓のヒントを活用しながら入力させたところ、具合が悪くなることがなくなり、生徒自身「楽さ」を実感できた。 2-2 同音異義語4級問題のパソコン入力の結果  正答率は、Aが65%、Bが89%、Cが70%、Dが85%であった。弱視の生徒と全盲の生徒を比べると、弱視であるBとDに比べて、全盲であるAとCの正答率は低かった。AとCの回答状況を個別に見てみよう。  Aの誤答の中には、漢文でしか使わない文字を選んでいたり、答えがわからないところに同じ漢字をいくつも書いてあったりした。詳細音訓に使われるヒントの言葉の意味が理解できていないためと思われ、日常生活に必要な語彙を身につけることが課題である。  Cは、初めから自力で入力ができた。昨年の漢文の授業でパソコンを持ち込み、詳細音訓で漢字の説明をつけ、熟語をつくる練習をしていたため、見たことも触ったこともほとんどない漢字の同音異義語が定着しつつあることが正解率からわかる。 2-3 全盲生の間違いの傾向  全盲生2人が揃って不正解だった問題が135問中41問あった。その約半分の18問でAとCで共通の不正解があった。この結果から、音声ソフト(XP Reader)による漢字の説明が、全盲生の漢字選択の間違いにつながるケースもあると考えられた。そのような誤答の例を表1にまとめた。全体的に漢字の基礎力の不足がミスにつながっていると思われる漢字選択が多い。 表1 全盲生の間違いの傾向 テキスト版註釈 以下では,1行目に問題番号と正答を記し,2行目に誤答と誤答の理由の推察を記します。 この形式で8種類の誤答傾向を紹介します。 .表1ここから. 問12「奇声」 気勢:「驚いて奇声を発してしまったの"きせい"」が、「奇妙」よりも、「気持ちのき」「勢い」というイメージで捉えられているのではないか。 問24「革」 皮:漢字を選択するための判断基準が、音読みの「かく」と「ひ」の違いのみである。 問67「占用」 専用、宣揚:問題文の内容「敷地の占用許可を受けるの"せんよう"」が、詳細音訓の「うらなう」と結びつかなかったのでは。 問68「占める」 絞める、締める:問題文の内容「反対派が半数を占めるの"しめる"」が、詳細音訓の「うらなう」と結びつかなかったのでは。 問82「特長」 特徴:問題文「新製品の特長を説明するの"とくちょう"」から、「ながい ちょう」ではなく、「特徴のちょう」を迷わず選択したものと思われる。弱視生2名も同じミスをした。 問90「未踏」「未到」 美東、未到、未踏:問題文の「人跡未踏」と「前人未到」の意味がわかっているかが疑問。Aが選択した「美東」はそのような基礎力の無さからではないか。 問109「対称」,問114「対象」 大正:「大正」(おおきだい、だだしいのせい)が、明治・大正・昭和の「大正」だとわからないので、このような選択ミスをしたのではないか。 問121「雄姿」「勇姿」「雄志」 雄志、勇士、勇姿、有史、有志:「ゆうし」という読みの誤答が五つあったが、これらの漢字の使い分けは晴眼者でも難しいだろう。 .表1ここまで.  表1のような選択ミスにつながる場合はあるものの、多くの漢字においては、音声ソフトで音訓読みは正しい漢字選択の判断に大変有効であると思われた。 2-4 同音異義語4級問題再テストの結果  解説を加えながら答え合わせをおこなった。その際、間違えたところは文章ごと書き取り、問われているものの他にも同音異義語や同訓異字語がある場合は発展として書き加えさせた。その後、理解の深まりを確かめるため、再テストをした。その結果、全員の正答率が伸び、Aは65%が72%に、Bは89%が93%に、Cは70%が76%に、Dは85%が91%になった。 3 平成20年度の取組 3-1 生徒の実態 D: 高等部2年、弱視男子。平成19年度に引き続き参加。 E: 高等部3年、弱視男子。認知的な障害と肢体不自由を併せ持つ。このため、パソコンは書字のための重要な道具となっている。パソコン操作は得意。保護者は大学進学と作業所への福祉的就労とで決めかねていた。学力向上を目指して、漢字の授業を自立活動に取り入れた。 F: 高等部2年、全盲男子。小学3年生ごろから点字に切り替えたため、漢字の記憶はほとんどない。保護者は保健理療科への進学を希望。本人にも現在の実力を把握してもらうために自立活動で取り組んだ。 3-2 同音異義語問題のパソコン入力の結果 D: 昨年の4級の問題に引き続き、平成20年度は3級の問題に取り組んだ。4級がしっかり身についていれば、3級はそれほど難しくなかったようで、正答率は89%と高かった。問題量も少ないので自分のペースであっという間に入力を終えた。難しいものだけを確実に覚えればよいので、解説を聞きながらの答え合わせ後の再テストは94%の正解率まで伸びた。 E: 4級問題の正答率は78%だった。1度出てきた同音異義語については、考えながら楽しく入力することができるようになり、予想以上の好成績をあげたため、本人も保護者も大変喜んだ。 F: 4級問題の正答率は30%と低かった。問題の漢字や詳細音訓のヒントの意味がわからないまま入力したと思われる回答が多かった。例えば、「しお」を、「潮」や「塩」でなく、「視尾」と回答するなど。また、50分間、問題に集中することも難しかった。 4 終わりに  この取組は、全盲女子のCのために始めた。そのCは、平成20年4月末、校内弁論大会の原稿を初めて点字以外の媒体(メモリ−スティック)で提出してきた。わずかな漢字変換ミスはあったものの、筆者が最終目標としていたことを早々とやり遂げた。そして、同年10月には第77回全国盲学校弁論大会で優勝した。  全盲の人間が健常者の中で働くためには、正しい墨字文章が作れるという能力が必須であると思われる。そのような進路を希望している以上、意識して漢字を身につける時間の確保が必要であり、授業や定期考査でも応用力を身につけさせるような工夫に心がけたい。 初出について  本稿のうち平成19年度の取組は、平成19年度福島県立盲学校研究集録に掲載された原稿を元にして加筆・修正をした。 資料4_漢字を間違えない工夫 同音異義語を間違えないための工夫について 南谷 和範 2008/11/14 概要 1. 経緯 2. 基本的な論点と私の考え方 3. 誤字の傾向と対策 基本的な論点と私の考え方 漢字学習の目的。 視覚障害者の漢字使用の現状について。コミュニケーションを拡大する道具としてのICT の役割を重視。 今後の教育の問題。点字教育と漢字教育。漢字教育の目的をどこに設定するか。 誤字の傾向と対策 語頭の文字が同一の同音異義語に特に警戒が必要。 例:機会・機械、自信・自身(・地震)、対象・対照、専門家・専門化。 対策 1. 危険ワードへの日常的な意識。 2. 音声エンジンの音程は参考になる場合もあるが、全幅の信頼は禁物。 3. 辞書をひらがなで引いてペースト。 4. 品詞を活用(ex. 対照する) 5. 最終的には読み合わせが不可欠。誤字の場所についての意思疎通(ex. p.1, l.10)は容易ではない。 コンピュータによる文字入力の心理的プロセス 1. 英語 タイプライター・レイアウトと文字の関係付けを意識 2. 日本語晴眼者 1. に加え、ひらがなとアルファベット表現(ローマ字)の関係付けを意識、変換候補の意識的選択 3. 日本語視覚障害者 2. に加えて、詳細読みから候補が何であるかを認識 共同研究成果報告書 平成19年度〜20年度 視覚障害児童・生徒向け仮名・アルファベットの説明表現の改良 研究代表者 渡辺 哲也 発行 平成20年12月発行 著作 独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 発行元 独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 〒239-8585 神奈川県横須賀市野比5−1−1 TEL: 046-839-6849 FAX: 046-839-6907 http://www.nise.go.jp/ 特教研G-7