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重複障害教育研究部 第一研究室
2.視覚聴覚二重障害がもたらす様々な困難について
ー行動や活動の特徴的なこと、療育・学習上の困難ー
見ることと聞くことの双方に障害があると、周囲の人々や状況との情報のやりと
りが著しく制限されます。また周囲の人々による自然なコミュニケーションの世界に
入っていきにくくもなります。そのために様々な困難が生じますが、その最たるものは周囲の状況の把握およびコミュニケーションそして自由な移動、これらが困難になることです。そこから周囲の人々と係わり合うことが制限され、いわば孤立した状況に置かれがちになり、深刻な状況が生じてしまうことがあります。
実際には視覚と聴覚の二重障害がもたらす困難はさらに広範囲であり、障害を受けた時期、視覚と聴覚の双方に障害が同時に生じたのか、そうではないのかなど、様々な要因によっても変わってきます。
2-1.情緒的な発達にみられる困難
子どもたちの情緒的な発達、とくに母親や養育者との情緒的な結びつきが困難になりがちです。このことは先天的な視覚聴覚二重障害児ばかりでなく、乳幼児期に視覚聴覚の双方に障害を受けた場合でも、あるいは児童期後期に障害を受けた場合でもいえることです。
乳幼児期早期から視覚聴覚二重障害である場合には、アイ・コンタクトがとりにくいこと、声を交わし合うことが難しいことから、母親や養育者と子どもとの情緒的な結びつきが弱くなるといわれています。後天的な場合には、それまでできていた周囲の状況を把握することや人々との会話ができなくなることから大きな混乱が生じるとともに、身近な人に対して依存的にならざるを得ない状況が生まれます。学習面に限らずなにごとにも自信なげで、活動性も弱まってしまいがちです。
2-2.自然な状況での学習が困難になりがちなこと:意図的に設定された学習が必要なこと
通常、人は日常生活において周囲の状況を見ること、聞くことで多くを学んでいます。例えばコップやはさみ、テーブルと椅子、ドアと窓、テレビや電話など日常生活の様々な事物がどのような形状をしており、何に使うかについて、見ること、聞くことによって知り、学んでいます。ところが視覚と聴覚の双方に障害があると、生活のなかの自然な状況でのいわば「偶発的」な学習が困難になり、学習として意図的に設定されたなかで学ばざるを得ません。視覚聴覚二重障害においては、この偶発的な学習は手が触れられる範囲に限られることになります。そのため通常の場合に比べてはるかに多く、設定された状況での学習をせざるをえず、学習のための十分な時間が必要になります。
2-3.模倣が難しいこと
また、視覚と聴覚に障害を有することで、食事のしかた、公園にある遊具の楽しみ方、仲間との遊び方など、母親や養育者、兄弟、係わりあう人々のふるまいを模倣することや、観察することでおのずと身に付く機会が極めて制限されます。そのため通常は模倣や観察によって学んでいくことも、設定された学習として取り組む必要が生じます。
2-4.概念の形成が困難になること
椅子やはさみを例にすれば、その形状は様々であり、大きさや材質が違っても椅子は椅子としての働きをもっています。この概念を理解するうえでは、形状や材質、色合いなどの違いを超えて椅子に共通する特徴を捉えることが欠かせません。事物を捉える点で視覚は触覚よりはるかに優位です。触知覚は部分的、具体的になされるという特徴をもっており、形を全体的に捉えること、部分と部分あるいは部分と全体との相互の関係を捉えること、異なる事物に共通する普遍的な特徴を捉えることにおいては視覚におとります。視覚聴覚二重障害の子どもは、それまで経験したことのない形状の椅子やはさみに出会ったときに、触っただけではそれを椅子やはさみと理解することは難しいことにもなります。また明け方、朝方、日中、夕刻、夜といった時間の経過を、変化する日差しから視覚的に知ることが難しいこともあって、時間に関する概念を獲得することが困難になる場合もあります。
2-5.十分な時間が必要なこと
視覚聴覚二重障害の子どもには「見かけ上の愚かさ(遅れ)」が生じることがあります。見ること、聞くことに障害があれば、周囲の状況から情報を得ることに多くの時間を要します。当然のこととして、ものごとの理解にも時間がかかります。この学習速度がゆっくりとしていることが「愚かさ(遅れ)」として、あるいは学習することに障害があることとして受け止められがちです。視覚聴覚二重障害の子どもたちには学習のためのたっぷりとした時間が必要です。事物が何であるのか、また出会った人がだれなのかを知るためには、じっくりと触り、匂いをかぎ、調べるための時間が欠かせないからです。
触覚によって情報を得るには、集中して時間をかけて取り組むことが必要になり、疲れも生じやすく休息の時間が欠かせません。また触るというのは直接的な行動なので、特に対象が見知らぬものの場合には不安や恐怖を伴いがちです。その不安や恐れにうち勝つ十分な時間も必要になります。触覚の世界ではたっぷりとした時間が必要なのです。
2-6.人との関係を築くことが妨げられがちであること
人と接する際にわたしたちはその人の表情や仕草、声の調子から、その人の気分や感情を捉え、発せられたことばの真の意味を理解します。触覚の世界でも手を握り合っていれば、手のこわばりや発汗からその人の気分や感情を推し量ることができますが、それも直接身体を触れあっているのでなければかなわないことです。触覚のもつこのような制約は、子どもの周囲の人々への積極的・肯定的な構えを作る上で妨げとなりがちです。
親や兄弟のような家族、通園施設で係わり合う人々、レクリエーションの場で係わり合う人々というように、子どもを中心にした小さなネットワーク(係わり合う人々の世界)を、生活や活動の場の違いに応じて、少しずつ段階を踏んで広げていくことが必要でしょう。
2-7.集団活動が苦手になりがちなこと
見ること、聞くことが困難であればその場にどのような人がいて、誰が話しかけ、誰がどのような動きをしているかが分かりにくいものです。また他者どうしのやりとりから次にどのようなことが起こるのか、何をすればよいのかも分かりにくくなります。このようなこともあって、視覚聴覚二重障害の子どもたちは集団活動が苦手になりがちです。子どもが安心して係わることのできる特定の大人(係わり手)が、子どもと他の人々をつなぐ通訳となることで、他の人々と係わり合う機会を作り出すことができます。
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