メルマガ連載記事 「諸外国におけるインクルーシブ教育システム構築の状況」
第1回


諸外国における障害のある子どもの教育の現状

 棟方 哲弥(企画部 上席総括研究員)
  

 研究所における海外情報の収集システム

 本研究所では、研究職員を国別班に配置し、毎年、基礎情報の収集を行っております。国別調査班8班体制で、アメリカ班/イギリス班/イタリア班/ドイツ班/フランス班/オーストラリア班/アジア班(中国・韓国)/北欧班(ノルウェー・フィンランド・スウェーデン)です。これに加え、いくつかの国については、海外に在住する方に外国調査研究協力員から、必要に応じて、情報を得る仕組み有ります。これは、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所外国調査研究協力員実施要項に基づいており、現在までにイギリス、イタリア、韓国、ドイツ、ノルウェーに外国調査研究協力員をおいています。
 さらに、国立の特別支援教育のナショナルセンターのあるフランスと韓国は、協定を締結し、加えて、欧州特別支援教育機構(European Agency for Special Needs and Inclusive Education)とも今年度から連絡を取り始めたところです。
 

 国連障害者権利条約の署名・批准状況

 既に152カ国が批准することで、これまで独自の障害にある子どもへの対応を行ってきた諸外国は、インクルーシブ教育システム構築という共通の目標に向け施策を進めることとなったものと考えます。大きなところでは、アメリカが署名のみの段階であることが分かります。アメリカは、批准の条件は満たしていると了解されています。日本の近隣諸国では韓国が2008年12月に、中国が2008年8月に、ロシアが2012年9月に批准しており、北朝鮮は2013年7月に署名しています。 
 

世界各国の署名・批准状況

図1.世界各国の署名・批准状況

 次の図2は、欧州特別支援教育機構のコーディネーターであるフランスのNel Saumont氏の資料を翻訳したものです。ただし、オランダ、フィンランド、アイルランドは、署名しただけの段階です。
 これをみると。権利条約を批准した国々(注)で、障害のある子どもの教育は、さまざまな状況です。特別学校を廃止する方向でフルインクルージョンを目指す単一路線型のイタリア、特別な学校への就学の比率の高いベリギーやドイツ、ニーズに応じた多様な学びの場を用意する英国、ここに、日本、アメリカが含まれるものと考えています。


ヨーロッパの傾向

図2.ヨーロッパの傾向
 

 諸外国の特別支援教育に関する基本情報

 世界の動向を大まかに把握したところで、次に、主要国の特別支援教育に関する基礎的な情報を紹介していきます。詳細は、国立特別支援教育総合研究所ジャーナルに掲載(巻末にリンク情報があります)してあります。次の図3をご覧下さい。
 ここでは、各国の障害や特別な教育的ニーズのある子どもの教育の場を、特別な学校、特別な学級、通常の学級として示しています。全体の支援対象の多い、イギリス、アメリカ、特別な学校の割合の高いドイツ、通常の学級での支援となるイタリアなど各国の特徴がわかります。


特別支援教育基本情報

図3.特別支援教育基本情報

 次の図4は、これらをグラフに表したものです。

各国の障害のある児童生徒の教育の場を表したグラフ

図4.各国の障害のある児童生徒の教育の場

 日本は、一番左に、発達障害の可能性のある6.5%を加えたグラフとしてみました。このグラフからは、日本が6.5%を加えた場合にあって、アメリカ、イギリスより、その対象が少ないことがわかります。
 

 各国の特別支援教育システムの特徴

 このうち、イギリス、アメリカ、フランス、イタリアの特徴を考えてみます。

1. イギリス

 支援対象17~20%程度です。特別な教育的ニーズ(SEN)に基づいて、学校への支援が行われます。個への支援はIEP: Individual Education Planに基づいて行われますが、必要により、法的なアセスメントを経てStatementが交付されます。なお、Statementと特別学校は障害種別を用いています。
 なお、2014年にSENシステムの改革が実施され、Statementは、EHC Plan(Education、 Health and Care Plan)へ3年間を目処に移行中です。通常教育には習熟度別指導(streaming)があります。 

2. アメリカ

 支援対象10~13%程度です。障害種別の適格性重視して、教育ニーズに対応する個への支援(米国IEP: Individualized Education Program)が行われます。原級留置が有ります。

3. フランス

 学業不振児教育部門を加えると支援対象は4~6%程度となります。原級留置が有ります。なお、教育は教育省系と厚生省系(学籍登録は教育省系の通常学校に一元化)が分担しています。国語のオーラルに手話の選択が保障されています。

4. イタリア

 フルインクルージョン政策をとっています。児童生徒全体に一定の比率で支援教師を配置します。支援教師は配置された学級全体に対しても責任を持つとされます。フルインクルージョン政策で知られますが、障害のある子どもは、全ての授業時間を通常学級で学ぶ訳ではありません。また、法改正前から存在する感覚系特別学校も存在しますが、健常児も受け入れる逆統合が行われています。原級留置が有ります。

 なお、本報告は、本研究所の企画部調査国際担当による国立特別支援教育総合研究所特別支援教育専門研修講義「諸外国における障害のある子どもの教育」の内容を整理したものです。また、各国の基礎情報は、毎年、国立特別支援教育総合研究所ジャーナルに掲載してあります。
https://www.nise.go.jp/cms/7,10163,32,133.html

 また、本研究所では、文部科学省、中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会、自由民主党教育再生実行本部特別支援教育部会、全国都道府県教育長協議会等において、諸外国における特別支援教育に関する情報提供を行っています。
 「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 参考資料」参考資料5
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321670.htm

 次回は、フランスの国立特別支援教育高等研究所(INS-HEA)についてご紹介します。
 

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