メルマガ連載記事 「特別支援教育に役立つアシスティブ・テクノロジー」
第1回


アシスティブ・テクノロジーの定義―その1:米国のIDEAから―
 

棟方 哲弥 (企画部 総括研究員)  
 

 第1回目は、本連載の紹介に加えて、20年以上にわたり一貫して一言一句変わっていない米国のアシスティブ・テクノロジーの定義を紹介します。
 

はじめに-本連載の紹介-

 本連載では、特別支援教育に役立つアシスティブ・テクノロジーの活用について、その基礎と具体的な支援機器の実際を紹介していきます。もしかすると、これまでに「アシスティブ・テクノロジー」という用語を聞いたことのない読者の多いかもしれないと思っています。あるいはアシスティブ・テクノロジーとは、単純に「情報機器」のことだと理解している方も多いと思います。
「アシスティブ・テクノロジー」は、我が国において2002年の“新情報教育の手引き”に初めて明記された若い用語ですが、米国では既に1988年に定義されてから、現在に至るまでの20年間以上、一字一句の修正も行われていない言葉なのです。おそらく、これ以後も変わることのない定義であろうと、筆者は考えています。このような長い期間にわたり変わらない定義とは一体どういうものなのでしょうか。また、学校で利用可能なアシスティブ・テクノロジーには、どのようなものがあるのでしょうか。さらに、アシスティブ・テクノロジーの効果的な導入をするために、教師や学校は、何を指標として努力すると良いのでしょうか。
この連載では、上記の疑問について、第1回と第2回で、アシスティブ・テクノロジーの定義が意味するところを理解することから始めます。これを知ることはアシスティブ・テクノロジー活用の大きなヒントになるように思います。第3回ではアシスティブ・テクノロジーの分類を紹介し、第4回から第7回までは代表的な支援機器を紹介します。これらは、特別支援教育におけるアシスティブ・テクノロジー活用の手だての“引き出し”を増やすことにつながります。
ところで、引き出しがあるだけではなく、個々の子どものニーズに適した“手だて”を選定できなければなりません。第8回には、その子の生活する環境の要因と子の活動を考えて、そこで最適なツールをチームで見いだすSETTフレームワークと呼ばれる手続きを紹介します。実際に学校や地域でアシスティブ・テクノロジーの活用を進めるためには、それらを推移する指標が必要となるでしょうか。そこで第9回は、学校におけるアシスティブ・テクノロジー導入を進めるための指標(QIAT:Quality Indicators for Assistive Technology services)について紹介します。QIAT指標の具体的なリストは、個々の子らへのアシスティブ・テクノロジーの導入にとどまらず、学校全体として取り組むべき方向を示してくれます。 最後に、近い将来に出現の期待される新しいアシスティブ・テクノロジーについての紹介とまとめを行います。
それでは連載へのお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 

1 米国において20年間以上一字一句修正されていない「Assistive Technology」の定義

 日本の教育において用いている「アシスティブ・テクノロジー」は、米国で用いられているAssistive Technologyの訳語です。ヨーロッパとISO(国際標準化機構)における英語表現では長くTechnical Aidsと呼ばれていましたが、Assistive Deviceとなり、現在はISO9999(2007)でAssistive Productsに落ち着いています。
さて、第1回は、米国のアシスティブ・テクノロジーの定義に注目します。なざならば、この定義は、米国で生まれてから今日に至るまで一字一句修正されていないからです。米国では1988年に障害者の支援におけるテクノロジーの役割を認めて連邦政府が各州に対して補助金を交付するための法律 Technology Related Assistance Actの中で、assistive Technology device (支援機器)とassistive technology service(支援技術サービス) の二つがセットで定義されました。この法律はその後1994年に改訂され、さらに1998年にはAssistive Technology Actという名称に変わりましたが、1988年から現在に至る24年間、この定義は、一字一句、変えられることがありませんでした。1990年の障害児教育法(IDEA)に使われてから、1997年修正障害児教育法、2004年修正障害児教育法、さらには各州の州法における定義にも使われています。ただし、Technology Related Assistance Actには「障害のある人(individuals with disabilities)」と書かれており、IDEAには「障害のある子ども(a child with a disability)」と書かれています。
さて、次に示すのが、20年以上もの間一字一句修正されていない定義です。 


1)“assistive technology device” means any item、 piece of equipment、 or product system、 whether acquired commercially off the shelf、 modified、 or customized、 that is used to increase、 maintain、 or improve functional capabilities of a child with a disability(『アシスティブ・テクノロジー・デバイス』とは、障害のある人の生活機能を向上させたり、低下を防いだり、改善させる目的に用いられる、ありとあらゆる品目、装置部品、製品システムであって、店頭での購入、手直しを加えたものや、個人に合わせて特注されたものを問わないものである。)
2)“assistive technology service” means any service that directory assists a child with a disability in the selection、 acquisition、 or use of an assistive technology device。(『アシスティブ・テクノロジー・サービス』とは、AT機器の選定、入手、あるいは使用を支援するためのあらゆる直接的なサービスである。それれは、評価や検査、購入、リース、その他の入手に関すること、選定、設計、個人に合わせる調整、修理など、さらに、訓練や技術的な支援を含むものである。) 


 上記を読むと、デバイスは勿論ですが、サービスに多くの役割があることが分かります。具体的に列挙されているサービスを紹介すると以下のようになります。

  1. その子のニーズの評価(実際の生活場面における能力の評価)
  2. その子がアシスティブ・テクノロジー・デバイスを入手するための「購入」や「リース」の実現
  3. アシスティブ・テクノロジー・デバイスの選定(select)、設計・立案(design)、既製品の取り付け等の工夫(fit)、あつらえ(品質、寸法、サイズを適合させる)(customize)、使えるように適合させる(adapt)、他の用途への応用(apply)、保守(maintain)、修理(repair)、交換(replace)
  4. アシスティブ・テクノロジー・デバイスの使用に合わせて行われる他の教育、療法、サービス(例えば、同時に行われている教育やリハのプログラムに関連する内容)との調整業務
  5. その子への、あるいは、保護者への訓練や利用に関する技術的な支援の提供
  6. 教育職員やリハ職員とその雇用者、その他、サービスの提供者、その子の生活上で重要な活動に関わる者への訓練や利用に関する技術的な支援の提供

 さらに、重要なことがあります。それは1997年6月にクリントン大統領が署名したIDEA97において障害児の個別教育計画(IEP)の策定チームが、その対象とする子どものassistive technologyの必要性を検討することが“義務”として新たに科されたことです。そして、この義務規定は、現在に至っても変わっていません。
では、なぜ、長い期間にわたってこの定義が使われ続けているのでしょうか。それは、これが福祉用具の給付リストのように固定された物品ではなく、障害のある人が必要なものは、きちんと給付の対象としようとするからだと考えられます。アシスティブ・テクノロジーを本気で利用しようとする人の側に立った定義であり、米国の定義が本当に実際的であるかがわかります。
上の定義には、アシスティブ・テクノロジーの機器とサービスが定義してありました。ところで“アシスティブ・テクノロジー”自体の定義はどうなっているのでしょうか。
実は1998になるまでの間アシスティブ・テクノロジー自体の定義はありませんでした。1998年に上記のAssistive Technology Actの中で初めてこの二つをまとめる言葉としての”Assistive Technology”の定義が明記されています。しかしながら、この定義は、機器とサービスの定義のようにはIDEA等には取り入れられていません。それは、この定義が「アシスティブ・テクノロジーの機器とアシスティブ・テクノロジーのサービスに使われるためのテクノロジーをアシスティブ・テクノロジーと言う(The term `assistive technology' means technology designed to be utilized in an assistive technology device or assistive technology service.(Assistive Technology Act, 1998))」といったものでした。なんだか言葉遊びのような感じもしますが,やはり実質的には,改めて定義する必要がないものだからかもしれません。
一方、Assistive Technology Act(1998)では、アシスティブ・テクノロジーと並べて、ユニバーサル・デザインによるテクノロジー活用の重要性が示されました。本来の定義からすれば、ユニバーサル・デザインによるテクノロジーはアシスティブ・テクノロジーの一種と呼ばれるはずですが、敢えて呼び分ける理由は、ユニバーサル・デザインに基づくものが結果として、低コストで障害のある人にアシスティブ・テクノロジー・デバイスを提供可能であるからと思われます。
さて次回は、国際標準機構(ISO)の定義、日本の福祉用具の定義、アクセシブルデザイン、共用品、ユニバーサル・デザインについて紹介していきます。



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