メルマガ連載記事 「特別支援教育に役立つアシスティブ・テクノロジー」
第10回


これから出現が期待されるアシスティブ・テクノロジー 

棟方 哲弥 (企画部 総括研究員)  
 

はじめに

 第1回アシスティブ・テクノロジーの定義から始まった本連載は、今回が最終回となります。この連載では第1回から第7回まで、その定義、用途と分類、さまざまな活動に役立つ支援機器について紹介しました。第8回と第9回は、それらを子どもの指導に導入するためのSETTフレームワークと質の高いアシスティブ・テクノロジー活用を進めるためのQIAT指標について紹介しました。最終回は、先端技術とその活用など、特別支援教育に役立つアシスティブ・テクノロジーの活用の観点で検討します。
 

最先端の技術とその活用について

 いつの時代も、どんな分野にあっても最先端の技術の応用に期待をするのは自然なことかもしれません。15年ほど前になりますが、本研究所で米国のSpecial Education Technologyの分野で著名なマイケル・ベアマン教授を招聘して講演をお願いしたことがあります。ベアマン教授が講演の最後に紹介した「これから出現が期待される(emerging)アシスティブ・テクノロジー」は、以下の通りでした。

  1. 授業の記録を管理する携帯情報端末
  2. 通常学級で先生の声を音声認識してテキスト化して聴覚障害の子どもに届けるシステム
  3. 運動障害の子どものための視線入力装置
  4. 車いす操作を学習するバーチャルリアリティ技術による没入型のシミュレーションシステム

 2の教室場面で音声認識は、まだ実現できていませんが、最近のクラウドの利用による認識制度の向上から期待される分野と思われます。その他は、現在、技術的には可能となっていると思われますが、残念ながら広く利用されていないようです。

 現在では、脳の活動や脳から筋肉への信号を取り出して、リアルタムに意思伝達や補装具の操作に利用しようとする試みや、携帯端末に貼り付くような高分子ポリマーを使った点字ディスプレーなどの試作、クラウドを利用した音声認識、自閉症の子どもの教育や観察に小型のロボットの活用も行われてきました。このように特別なニーズのある子どもたちの教育におけるメディアの利用の可能性は、ますます広がっていると思われますが、ベアマン教授の予想がうまく当たらなかった理由はどこにあったのでしょうか。
 このような新しい技術を取り入れようとした時に、注意すべきことを考えてみたいと思います。
まず、これらは第3回に学んだ「ハイテク・ツール」の中でも、ハイエンドに相当すると思われます。だとすれば、その取得や使用方法の習得、機器の調整、研修などに大きなエネルギーが必要とされると心配されます。
 そして画期的な技術と期待されれば、されるほど、本当は、より効率の良い別の原理の利用が望ましいにもかかわらず、その技術があるが故に利用を進めてしまうことがあるかもしれません。しかし、これは10年あるいは30年経った後から考えなければ分からないのだと思います。
 まず、このことを1970年代に登場した「オプタコン」という装置を例に考えてみましょう。
  

「オプタコン」から学ぶこと

 今から40年程前のことです。1970年代にオプタコンという装置がありました。文字を小型カメラ通じて6×24の光トランジスタで読み取って、その映像を、指先に、それぞれに対する縦6列、横24行、計144個のピエゾ振動子で構成される触知盤でリアルタイムに伝えることで、視覚的な文字を触覚に変換して指で読む画期的な装置でした。小柳ら(1979)は、この装置を以下のように紹介しています。

「視覚障害をもつものと、そうでないものとの間のギャップをややもすると広げがちな電子工学の発達が、それを償うかのような形で生み出されてきたのが、このオプタコンであるともいえる。このオプタコンはまさにハンディキャップ・エレクトロニクス機器の最先端をいくものであり、盲児(者)のための視覚代行機器を代表するもののひとつである。(p.43)」

 当時、相当に大きな期待がかけられたテクノロジーであることがわかります。
さらに、このオプタコンは、米国のスタンフォード大学電子工学部長で、幼い頃に失明したお子さんの父親でもあるリンビル(Linvill, J.G.)教授が、米国保健教育福祉省教育局から200万ドルの研究費を得て7年間の研究の末に1971年に製品が世に送り出されたことも紹介されています。

 このオプタコンは、その後、日本にも輸入されて、文字認識の特性研究(新谷, 1976; 小柳ら, 1979, 1980)や利用のためのトレーニング(新谷, 1982)などが開発されています。そして盲学校に導入されて当時の養護・訓練室に「オプタコン・トレーニング・コーナー」を設置されて「オプタコン・ティーチャ」の資格を持つ教師から指導を受けた様子などが紹介されています。このように先端技術が期待と共に障害のある子どもの教育現場に入ってきました。
 しかし、問題が指摘されなかったわけではありませんでした。
 例えば、オプタコンを利用するには、墨字の形を理解していることが前提であることや、オプタコンで指に伝わる刺激で文字を認識することが難しいなど、オプタコンを使うこなすことが大変に難しいことであること、装置が高価で有り、個人で簡単に所有できるものではないこと(例えば、平山, 1986など)が指摘されていました。
 近年では、人間の触覚特性の研究(島田ら, 2008)に用いられた報告がありますが、結果としては、次に述べるように「音声読み上げ」に取って代わられることになります。
  

“真のアクセシビリティ”とは、「アクセスできる」のではなく「簡単にアクセスできる」ことだと身をもって体験した(浅川智恵子氏のアクセシビリティ論(2)より)

 この現象を実感として説明しているのがIBMのフェローの浅川氏が公開している経験談ではないかと思われます。
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20060302/231580/?ST=ittrend
 そこには、このオプタコンの習得をした当時のことが以下のように書かれています。

「右手のカメラを正確に上下左右に移動させ、印刷された文字を左手で正確に読み取るという技を習得しなければならない。印字状態によって大文字のC/O/Dを区別すること、小文字のs/e/aを区別するのが本当に大変だったことは、今も忘れられない。情報処理の学習とは何の関係もないOptaconの習得は、苦痛以外の何物でもなかった。」

 また、このオプタコンを習得後、実際に職場で利用したのはオプタコンではなく「世界で初めて開発された音声出力機能を備えたホスト端末3270 Talking terminal」であり、「キーボードから入力した文字を瞬時に音声フィードバックし、画面上に表示した情報をカーソルキーの動きにあわせて音声出力」するものであったと書かれています。

 そして「ここで紹介した二つの機械の大きな違いは、ユーザーが一所懸命に学習してやっと文字を一文字ずつ認識しなければならなかったオプタコンに対し、3270 Talking terminalは、誰でもすぐに普通の文字を理解できること。この経験は『なんとか使える』から『使いやすい』への大きなパラダイムシフトであった。私は、人が技術に合わせるのではなく、技術が人に合わせて進化することの必要性を痛切に感じた。」と結んでいます。

 これらは第3回で紹介したアシスティブ・テクノロジーの分類のハイテク・ツールがもつ特有の課題の典型例と言えるでしょう。高度な技術は、使い方をマスターしたり、導入したりする支援技術関連サービスにおいて、利用者や支援者に負担をかけるものでもあります。
 「オプタコン」の経験は、後から考えれば、より効率の良い別の原理の利用が望ましいにもかかわらず、その技術があるが故に利用を進めるしか無かった時代を振り返るものですが、浅川氏の「”真のアクセシビリティ”とは、「アクセスできる」のではなく「簡単にアクセスできる」というシンプルな原理を心に刻む必要を訴えているように思います。
 

アシスティブ・テクノロジーとしての携帯情報端末について

 近年、携帯情報端末の機能をそのまま使う、あるいは、専用のアプリケーションを使用することでアシスティブ・テクノロジーとして利用する試みが行われています。
 米国では、『自閉症のためのアプリ集(Apps for Autism)』という本で200本を超える自閉症教育に利用可能と思われるアプリケーションを紹介しています。
 我が国でも、例えば、視覚障害教育では視覚補助具、拡大読書器、教材・電子書籍、知的障害・発達障害では、タイムエイド、スケジュール管理、VOCA、DAISY図書などが報告されている。このほか、魔法のプロジェクトでは、アシスティブ・テクノロジーとしての活用が可能なアプリケーションやその活用に関する情報を公開、情報共有を進めています。ユーザからのデータが蓄積されることで、今後、さまざまなこと活用法や問題点が明らかになることが期待されます。
 http://maho-prj.org/app-def/S-101/service/modules/pico/

 また、広く利用されてきた専用品のアシスティブ・テクノロジーが携帯情報端末に転換した例もあります。例えば、コミュニケーションエイドであるトーキングエイドが携帯型情報端末のアプリケーションとして提供されるようになりました。アプリケーションの価格は専用品と比較してとても安価になりました。
 高価な、専用品の装置のコアとなる部分を、比較的安価で普及率が高く、かつ高機能の携帯情報端末で置き換えることで、安価で高機能のアシスティブ・テクノロジーが普及する時代が近づいているように感じます。
 その一方で、トーキングエイドでは、アシスティブ・テクノロジーとして要求される堅牢性のためのケースやキーガードを別売で提供しています。
 このように携帯性のある軽量の端末故に、堅牢性など、これまで専用品やパソコンベースの製品で培ってきた積み重ねを後付けで実現することが重要な課題と思われます。
 

東京大学先端科学センターの提唱する「アルテク」について

 このようなことを背景にして、東京大学先端科学センターでは「アルテク」という、当事者も参画して、身近にあるテクノロジーをいかに利用するかを研究するプロジェクトを進めているようです。
 近年、多くの人が持ち歩いている携帯電話、携帯型情報端末の進歩は、高度な情報通信技術の集大成です。身近な「アルテク」活用という考え方が、実は、特別なニーズのある子どもの教育において、高度なメディアや先端技術を使いこなすための大きな可能性を持っていることがよく理解されます。
 

これから出現が期待されるアシスティブ・テクノロジー

 これから出現が期待されるアシスティブ・テクノロジーを考えるには、技術的な側面、障害種別の側面、さらに、活用の用途や場面があると思われます。
 まず、技術的な側面でいえば、冒頭に紹介した脳の活動状態から信号をリアルタイムに取り出す意思伝達や携帯端末に貼り付くような点字ディスプレーなど、先端技術の応用が考えられます。その一方で、これらの技術の導入にあたっては、ベアマン教授やオプタコンの経験を活かしていくことが大切と思われます。このため、技術面の普及や、入手価格などからすれば、新しい技術への期待というよりは「アルテク」をしっかりと視野に入れることが大切と思われます。
 技術面から見ていくと、新しい技術だけが脚光を浴びてしまいます。しかしながら、その検討過程や継続した使用経験から、見えてくる新たなアシスティブ・テクノロジーの在り方こそが、これから出現が期待されるアシスティブ・テクノロジーであると思えてきます。
例えば、HAATモデルやSETTフレームワークでしっかりと検討されたアシスティブ・テクノロジーは、その子にとって、従来のアシスティブ・テクノロジーとは1つ異なる新しいアシスティブ・テクノロジーと言えるように思われます。また、QIAT指標によって、しっかりと確立されたアシスティブ・テクノロジーの活用は、それまでのアシスティブ・テクノロジーとは1ランク上の水準のアシスティブ・テクノロジーと言えるのではないでしょうか。
 また、活用の用途や場面についても、新たな領域に出現するアシスティブ・テクノロジーが生まれるのだと考えられます。第2回で学びましたが、アシスティブ・テクノロジーはICF(国際生活機能分類)の環境因子に位置づけられています。このことは、アシスティブ・テクノロジーが、人間の健康に関する状態を記述する上で必要不可欠な生産物であると位置づけられたことを示すと考えられます。その意味では、従来のアシスティブ・テクノロジーの役割と考えられていた範囲を超えて、生活機能の活動や参加のあらゆる場面を想定した新しいアシスティブ・テクノロジーの開発や活用が期待されます。
 最後に、これらの出現が期待されるアシスティブ・テクノロジーの活用が、実現させる新しい社会への期待を「おわりに」で述べて連載を締めくくりたいと思います。
 

 おわりに

 マクルーハン(1964)は、メディア(テクノロジーや道具)は、人間の機能を拡張するものであり、それ自身がメッセージとして、ヒトの考え方や社会の有り様を変えてしまうことを具体的な例を挙げて説明しています。これにアシスティブ・テクノロジーを当てはめて考えてみました。
 それは「アシスティブ・テクノロジーは、障害のある子どもも、障害のない子どもも、それぞれに、さまざまなテクノロジーやツールを駆使して学ぶ学校や社会を実現するメディア」と考えることもできるということです。(ところで中邑(2006など)は、ハイテク技術を生活能力として取り込んだ人を『ハイブリディアン』、そのような子どもを『ハイブリッドキッズ』(中邑, 2007)と呼んでいます。)
 アシスティブ・テクノロジーは、障害のある子どものさまざまな困難を改善克服し、学びを促進させるテクノロジーやツールとしての側面を持っています。その活用状況は以下のような段階を経るように思います。
 まず、個別の子どもの状況の変化です。すなわち、アシスティブ・テクノロジーの活用によって、これまでには実現できなかった新しい活動ができるようになった子どもが登場する段階です。そのためには連載で学んだSETTフレームワークを使った導入や、QIAT指標を基にしてより高品質なアシスティブ・テクノロジーの活用を目指す必要があると思います。
 次は、QIAT指標が満たされる段階です。すなわち、そのような子どもが学校に溢れるような段階と考えることもできると思います。
さらに理想的な段階は、障害のある子どもも、障害のない子どもも、それぞれに、さまざまなテクノロジーやツールを駆使して学校で学び、社会で生きていく段階が生まれるのではないでしょうか。そこでは、それを当たり前のこととして受け取り、支える学校や社会があると思います。
 この理想的な段階を目指すためには管理職の役割が大切なことは、既に、第9回で述べました。しかし、そのような操作的に変革を求めるアプローチとは別に、理想的な段階に近づける仕掛けがあるように感じます。それは、一人一人の子どもに応じたアシスティブ・テクノロジーを検討し活用していく営みです。この営み自身が、マクルーハンの言うとこメッセージとなるといえないでしょうか。
 第2回で紹介したUDL(学びのユニバーサルデザイン)のような障害のある子どもと障害のない子どもが、アシスティブ・テクノロジーの利用を視野に入れた多様性をもつ同じカリキュラムや教材や指導法で学ぶことができるとすれば、これらのメディアは、障害のある人と障害のない人が共に学ぶ共生社会の意識を形成する「メッセージ」になるかもしれません。
 

文献

  • Brandy, L.J., Apps for Autism, Future Horizon, Inc.,Arlington, Texas, 2011.
  • 新谷守. (1978). オプタコン(Optacon)による触読についての研究-3-英語(文)と日本語(文)の触読-1. 東北大学教育学部研究年報, p193-223.
  • 小柳恭治、志村洋、山県浩、永田三郎 (1979). オプタコン研究の動向(1). 特殊教育学研究, 17(2), 42-54.
  • 小柳恭治、志村洋、山県浩、永田三郎. (1980). オプタコン研究の動向(2). 特殊教育学研究, 17(3), 55-70.
  • 島田茂伸、篠原正美、安彦成泰、下条誠 (2008). オプタコンの機械特性と人間の触覚特性との適合度に関する研究(福祉工学). 電子情報通信学会論文誌. D, 情報・システム, 91(5), 1296-1304.
  • 新谷守、竹内てい、三田滋子. (1982). 921 オプタコン(Optacon)による触読についての研究(4) : オプタコン・トレーニング・マニュアル(教育漢字(学年別・縦書き)用)の作製(視聴覚障害,臨床・障害). 日本教育心理学会総会発表論文集(24), 870-871.
  • Brandy, L.J, Apps for Autism, Future Horizons Inc. Arlington, Texas, 2011.
  • マクルーハン,M., メディア論―人間の拡張の諸相 (栗原 裕 , 河本 仲聖 翻訳 原書, 1964年), みすず書房, 1987.
  • 川嶋栄子、小椋規子、島田里恵. (2012). iPad等を視覚補助具の代替手段として活用している事例について. 弱視教育, 50(1), 1-7.

 


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