メルマガ連載記事 「サバン —自閉症の不思議で大きな可能性—」
第1回


サバン事始め

国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美 義賢  

  1.レインマン

図1 Kim Peek 自閉症とサバンについて、世界中の多くの人々が知るきっかけとなった映画は「レインマン」でしょう。「レインマン」の中で、驚異的な計算能力や記憶力を示すRaymond Babbittは架空の人物ですが、そのモデルとなった実在の人物がKim Peek(1951-2009)です(図1)。彼はスーパー・サバンともいわれ、サバンの中でも幅広く卓越した能力を持っていました。彼の驚異的な記憶力等は次の通りです。12,000冊の本を記憶していました(45歳頃の時)。本を読むにあたり1ページを8~10秒で読み、読み終わると記憶し、記憶した本は上下を逆にして本棚にしまいました。本の記録は1歳半の頃からで、読み聞かせられた本を全て覚えていました。その他にも電話帳を覚え、米国のみならず世界中の歴史、スポーツ、映画、地理、俳優、文学、音楽等についても百科事典のような知識を持っていました。米国の地図が頭に入っていて郵便番号を含め住所等を言われれば、その場所を地図で示すことができたので、彼は彼を乗せたタクシーの運転手に好かれていたそうです。
 一方で、Kimは生後9ヶ月の時に医師から「発達の遅れ」を指摘され、歩行は4歳までできず、対人関係を持てない等の自閉症の症状を示していました。大人になっても、日常生活上で様々な支援を必要とし、入浴、着替え、ボタン止め、歯磨き等を父親が補助していました。
 Kimは様々な検査を受けました。1988年の知能検査では全検査IQが87で、下位項目には大きなばらつきがあったとされています。構造的MRI(詳細な脳等の生体の画像が得られる方法で、撮影方法によっては機能的MRIという脳機能の画像も得られる。)からは、彼の脳が健常人の平均よりも1/3大きいこと、脳の左右半球を繋ぐ神経繊維の束である脳梁や前後の交連が全く無いこと、小脳に右側を中心とした障害のあることが示されました。脳梁が全く無いことから、脳の左右半球が別々に機能していることが想定され、後に開発されたDiffusion Tensor MRIにより脳の神経繊維の走行が調べられました。この検査でみると、通常とは異なった形ではあるものの左右半球を繋ぐ神経繊維のあることが示されました。これらの所見と彼のサバン能力との関係の有無については、次回以降の記事で述べます。
 

  2.サバンはいつから知られていたのか?

図2 Buxtonの肖像銅版画 サバンに関する最初の学術的な研究報告は、驚異的な記憶力と卓越した計算能力を示した英国人のJedediah Buxton(図2)について、ドイツのMoritzが1783年に心理学雑誌Gnothi Sautonに寄せた論文とされています。1789年には米国の精神科医であるRushが「理論的なことであれ実際的なことであれ、あらゆることを知っている」能力を持つ黒人奴隷のThomas Fullerについて報告しています。彼は、70歳の時に「70歳と17日12時間の年齢の人は何秒間生きてきたのか?」と聞かれて90秒以内に「2,210,500,800秒」と正しく答えたとされています。
 このように、特異な状態像を示すサバンの事例の報告が18世紀後半からなされるようになってきましたが、最初にサバンの複数の事例を検討して整理し、「イディオサバン(Idiot Savant)」と名付けたのは英国の小児科医のダウンです。

 

  3.「サバン」と名付けたダウン

図3 ダウンの肖像 ダウン(John Langdon Down, 1828-1896)(図3)は、染色体異常によって知的障害等の症状を示す「ダウン症」の発見者として有名です。彼は約30年間におよぶ臨床経験から、10例の特異な才能を示す精神薄弱(原語feeble-mindedから)のある子どもについて、1887年にロンドン医学協会での講演(The Lettsomian Lectures)の中で述べ、「イディオサバン(Idiot Savant)」と呼びました。彼の述べた10例には、非常に精密な船の模型を作る子どもや クレヨンですばらしい絵を描く子ども、抜群の記憶力を示して古典の本をそのまま記憶する子ども、訪れたロンドン中の全ての菓子屋の名前と住所および訪れた日時を覚えている子ども等が報告されています。そして10例全てが男児であることに注目しています。

 

 

 4.本連載における「サバン」の用語と定義

 ダウンの名付けた「イディオサバン(Idiot Savant)」はフランス語の「白痴(idiot)」と「知識・知能(savoir)」から来たSavant(優れた知能の人)を合わせた用語です。その後、”idiot”(白痴)の用語は用いられなくなったため、「サバン状態(savant condition)」「サバンのある人(people with savant)」等の様々な用語が用いられるようになっています。最も多く用いられる用語はTreffertが提唱した「サバン症候群(savant syndrome)」でしょう。ただ、「症候群」は原則として疾病状態を示すことばであること、サバンの優れた能力はもちろん疾病状態ではなく、また、ほとんどの場合に背景として伴う脳機能の障害についても、必ずしも何時も存在するとは限らないことがあります。このため、本連載では「サバン」の用語を、「サバンのある人」と「サバンの状態」の両方の意味で使用します。
 サバンの定義について明確なものがあるわけではありません。サバンを、ここでは、何らかの脳の障害があり、かつ特定の領域で健常者の標準を越える能力を示すこと、及び示す人とします。
 

 5.サバンは自閉症に多い?

 自閉症の概念は、1943年にカナーによって提唱されたものですが、その自閉症という概念が無かった1943年以前に報告されたサバンの事例にも、自閉症を伺わせるエピソードが示されています。サバンとして最初に学術的報告がなされたBuxtonは、その特異な才能が注目され、学術的な検査を受けるためロンドンに呼ばれました。そこで、ある日シェークスピアの悲劇「リチャード3世」の観劇に招待されましたが、彼は主役の発した単語数や踊り子たちのステップ数を数えることに夢中となり、奏でられた音楽について「音が複雑すぎて数えられない」と困惑し不満を述べたと記録されています。ダウンのあげた事例にも自閉症であることを伺わせるエピソードがあります。1例をあげると、読んだ本を直ちに記憶する子どもが、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読んで記憶しました。彼がそれを再現する時に3ページで1行飛ばしました。ダウンがその間違いを指摘すると、その子どもは最初からやり直して、最後まで間違いなく再現しました。その後にも何回か「ローマ帝国興亡史」を再現する機会がありましたが、その際には必ず3ページまで再現し、そこで1行飛ばし、もう一度最初から再現するという形を崩さなかったそうです。このように、自閉症概念が提唱される以前の事例についても、自閉症であることが少なくなかったことが推測されます。
 Rimland(1978)は5,400人の自閉症児を対象に調べ、そのうちの531人が何らかの特別な能力を示していたことを報告しています。Hermelin(2001)はこれより少なく推定し、200人に1~2人であろうとしています。これらから、自閉症において概ね数%~10%の人がサバンであると推測されます。
 サバンは自閉症以外の先天性もしくは後天性の脳の障害においても起きることが知られています。多くの障害でサバンの発生率は不明ですが、発生率はかなり少ないと考えられます。知的障害(mental retardation)児については報告があり、Hill(1977)は施設入所の知的障害児を調べて2,000人に1人と報告し、Saloviitaら(2000)は583施設を調べて1,000人に1.4人とHillの倍の割合を報告しています。
 これらの報告から、自閉症では知的障害等の他の脳障害よりもサバンの発生率が著明に高いことがわかります。
 

 6.サバンから考えること

 サバンは人類に起きる非常に興味深い現象で、サバンのある人への気づきや対応について、さらに我々全ての人の認知や思考機能について、様々な問題を提起しています。しかし、サバンに関する研究は少なく、明確に分かっていることは非常に限られています。その限界を踏まえた上で、サバンはなぜ起きるのか? サバンの脳科学は? 対人関係の形成等の他の技能とのトレード・オフは? サバンへの教育的対応は? 我々がサバンに成りうる可能性は? 等を含め、次回以降に考えていきたいと思います。


 引用・参考文献

1) J. Langdon Down. (1887). On Some of the Mental Affections of Childhood and Youth: Being the Lettsomian Lectures Delivered Before the Medical Society of London in 1887, Together with Other Papers. London, J. & A. Churchill.
2) Donald A. Treffert. (2010) . Islands of Genius. London and Philadelphia: Jessica Kingsley Publishers.
3) ダロルド・A. トレッファート.(1990). なぜかれらは天才的能力を示すのか―サヴァン症候群の驚異(高橋 健次,訳).草思社.
4) Treffert, D.A. (1988). The idiot savant: a review of the syndrome. Am J Psychiatry, 145, 563-572.
5) Rimland, B. (1978). Savant capabilities of autistic children and their cognitive implications. In Cognitive defects in the development of mental illness (ed. G.Serban), pp.43-65. New York, NY; Brunner/Mazel.
6) Hermelin, B. (2001). Bright splinters of the mind. London, UK: Jessica Kingsley Publishers.
7) Hill, A.L. (1978). Savants: mentally retarded individuals with special skills. In International review of research in mental retardation (ed. N. Ellis), pp.277-298. New York, NY: Academic Press.
8) Saloviita, T., Ruusila, L. and Ruusila U. (2000). Incidence of savant skills in Finland. Percept Mot Skills, 91, 120-122.

 
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