メルマガ連載記事 「サバン —自閉症の不思議で大きな可能性—」
第5回


サバンと自閉症(4) ―飛び抜けた音楽的能力―

国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美 義賢  

  1.盲目の奴隷で天才音楽家―Blind Tom(Treffert, 2006)

 知的障害と盲があり、多分自閉症でもあり、天才的なピアノ演奏家として19世紀の米国と欧州で注目された音楽的サバンはThomas Wiggins(Greeneという説もある) Bethune(所有者のBethune将軍がつけた名前)です。一般にBlind Tomとして当時から有名なサバンでした。
 Tomは1849年生まれとされ、生後間もなく母親と一緒にアメリカに連れてこられ、バージニアの奴隷市場で売りに出されました。盲目であり商品価値はないとされ母親のおまけとしてBethune将軍に買い取られました。Bethune将軍にとっては、これが貴重な経験をするきっかけとなりました。
 Tomは盲目であったためもあり、Bethune将軍邸をあちこち歩き回ることはやむを得ないとして認められていました。幼児期早期から音には敏感で、雨の音や農機具の音等に耳を傾け、特に音楽については、将軍の娘の弾くピアノを熱心に聞いていました。4歳の時、たまたまピアノの前に座らせられた際に、Tomは小さな手で、すでに鍵盤と音の位置関係を知っていたかのように、娘が弾いたことのある美しい曲を弾いたとされています。このことを将軍は知りませんでした。
 Tomが4歳のある晩遅く、将軍は客間から音楽が流れてくるのを聞き、多分娘が弾いているのであろうが、そんな夜中に弾いていることをいぶかり客間に行きました。そこでモーツァルトのピアノ・ソナタを完璧かつ華麗に弾いている盲目の4歳の幼児を見て、将軍は非常に驚きました。その曲は娘の一人が何週間もかけて苦労して練習していたのを知っていました。それを全く苦もなく華麗に弾いていたのです。
 将軍はTomのピアノへの関心と才能を認め、ピアノを弾くことを正式に許可し、娘達の練習も聞くことを認めました。Tomはピアノに夢中になり、鍵盤に指を走らせる運指法等の音楽的な指導を受けることが全くなかったにもかかわらず、耳で聞いた様々な曲を覚えて間違いなく、素晴らしい指さばきで演奏をするようになりました。もっとも、Tomは5歳までは言葉がなく、聞いた言葉を十分に認知することも困難な状態で、当時の通常のピアノ指導を受けることは不可能であったでしょう。
 7歳の時に、将軍はTomの最初の演奏会を開催しました。それは大反響を呼び、多くの新聞が讃えたことで全米中に有名となり、引き続いて全米を巡る演奏会を行うようになりました。演奏会の切符はいつも売り切れて、この年にTomと将軍は100,000ドル(現在の貨幣価値に監査すると2,500,000ドル=2億5千万円)を稼いだとされています。
 11歳の時にはホワイトハウスで演奏会を持ち、ブキャナン大統領の前で弾きました。その後にはヨーロッパを巡る演奏会を行っています。このように有名になると、その不思議な才能に疑問を持つ人も多く現れ、音楽家や心理学者の検査を受けています。その結果、1度または多くても3度曲を聞けば、それが長い曲であっても完璧に演奏ができるようになること、絶対音感を持っていることが証明されています。
 13歳の時には、あるピアノ演奏家で同時に作曲家であった人がピアノ連弾の曲を作曲し、本人が高音部を弾き、Tomに低音部を弾くように指示しました。作曲されたばかりの曲で、Tomはその曲を聞いたこともなく、譜面も読めませんでしたが、ほぼ完璧に低音部を演奏して連弾を完遂しました。このことは、Tomが聞いた曲を演奏するだけでなく、即興で演奏すること、すなわち一種の作曲が可能であったことを示しています。後に、Tomはピアノ曲を作曲しています。Tomはそれを演奏しましたが、譜面に記録することはできないので、他の人が譜面に落としました。
 Tomが53歳の時にBethune将軍が死に、生活をあらゆる面で将軍に依存していたTomは演奏ができなくなり、1908年に独り寂しく死亡したとされています。
 Tomは、しばしばパニックになりこだわりも目立ったとされていることが記録されています。当時は自閉症の概念がありませんでしたが、自閉症もしくは非定型な自閉症であった可能性が高いと考えられています。
 

  2.現代の音楽的サバン―Derek Paravicini

 Derek Paraviciniは1979年に英国で生まれました。妊娠25週の早産で、未熟児であったため酸素吸入処置を受け、その投与が不適切であったため未熟児網膜症になりました。視力と共に脳に障害がみられ、知的障害があること、また後に自閉症との診断も受けました。生後18ヶ月頃に、目の不自由なDerekのために母親がプラスチックのキーボードを与えました。この頃より音楽に強い興味を示すようになり、エレクトーンやピアノを独学で演奏するようになりました。5歳の時にロンドンの盲学校に行った時、たまたま音楽室に入っていくことがありました。そこでピアノの音を聞きつけると、ピアノに向かって飛んで行きました。そして、ピアノを弾いていた音楽教師のAdam Ockelfordを押しのけ、自分がピアノを弾き始めました。Ockelfordはそれを聞いてDerekの才能を認め、週に1回のレッスンを始めることになりました。後に毎日レッスンを受けるようになり、Blind Tomとは異なり、音楽的訓練を受けています。7歳の時にロンドンで最初の演奏会を行い、9歳の時にはロンドンの著明なバービカン・ホールで演奏し、その後はジャズクラブを含めて多数の演奏会を行うようになりました。現在、インターネットネットでも彼の演奏等が紹介されています。
 Blind TomとDerek Paraviciniは、以下のような、音楽的サバンによくみられる特徴を備えています。

  1. 音楽的才能、盲目、知的障害(自閉症を伴うか、脳炎後遺症等の脳障害であっても自閉症様の症状を呈することが多い)の3つが備わっていることが多く、よく音楽的サバンの3主徴といわれる。
  2. 抜群の記憶力(曲の記憶以外の領域でも示されることがある)。
  3. 絶対音感の保持者がほとんどである。
  4. 音楽的な訓練を受けずに卓越した演奏をする(Derekは5歳からOckelfordのレッスンを受けるようになったが、それ以前から卓越した能力を示していた)。
  5. 楽器は、ピアノを主とする鍵盤楽器が多い。
  6. 即興演奏をこなす(時に作曲も)。
  7. その演奏は(自閉症から推測されるような)無味乾燥な場合が多いものの、豊かな表情を持っている場合もある。
     

  3.音楽と自閉症

  Kannerは、彼が最初に報告した11例の自閉症児のうち、6人が音楽に強い関心を示したと述べています(Kanner, 1943)。このように、自閉症のある人には、定型発達者に比べて音楽への興味・関心が強い傾向があり、また何らかの優れた音楽的才能を持つ場合が少なくないと報告されています(Heaton, 1998)。そして、音楽的才能には自閉症の認知特性と何らかの関連があることが示唆され、自閉症によくみられる認知的な特性の理解に役立つと考えられています。
 一方で、音楽の起源や発展過程において、人と人とをつなぐ社会的な役割の重要性が強調されることもあります。David Huronは音楽の起源に関連して社会的結合の役割を強調し、発達障害に関してもコメントをしています(Huron, 2001)。すなわち「ウィリアムズ症候群と自閉症を比較すると、ウィリアムズ症候群では社会性が高く、そして音楽性も高い。一方で自閉症は極度に社会性が低く、音楽の理解や共感が低い」と述べています。
 しかし一般的には、自閉症群として、または自閉症の中のある群は、サバンでなくても優れた音楽的才能を示すとする報告が多くみられます。自閉症と関連があるとされている音楽的才能について、絶対音感を中心に以下に説明します。
 

 4.絶対音感と曲の記憶

 絶対音感とは、なんら参考となる対照音がなくても、ある音を聞いて、その音の音程を認知できる能力をいいます。例えば、440Hzの楽音(人の話し声や雑音ではない)を聞いて、それをAの音と認知でき、高度の絶対音感の保持者であれば、441Hzの音には「どの音程の音でもない」と認知できることです。知的障害を伴う自閉症や高機能自閉症でも言語能力が十分でない場合があり、この場合は楽音の絶対的な音程を認知できても、音名(A、B、 C や ド、レ、ミ等)を言うことは困難です。そこで、自閉症児・者への検査では、音名の代わりに絵や図などとの対応で答えられるようにした課題が用いられます。ただし、絶対音感の保持者の間でも認知する能力に差があり、また間違うこともあり、絶対音感についての普遍的な基準はありません。すなわち、何Hzの周波数の誤差を容認するか、何%の間違いを許容するかは、研究者によって異なりますので、絶対的な絶対音感保持者の出現率のデータはありません。
 自閉症児・者では、盲の人やウィリアムズ症候群の人と同様に、この絶対音感を持っている人が相対的に多いと報告されています(Heaton, 1998)(Bonnel, 2003)。Heatonらは、特に音楽的訓練を受けていない知的水準を一致させた自閉症児(サバンではない)と対照となる定型発達児に絶対音感の検査を行い、話し言葉の音程の認知については両者に差はみられないが、楽音の音程については自閉症児が有意に優れていた(音程の判定;正答は自閉症児=11.7/16:定型発達児=5.8/16、音程の記憶;正答は自閉症児=8.9/16:定型発達児=4.0/16)と報告しています(Heaton, 1998)。Heatonらは最近の研究で(Heaton, 2008)、絶対音感は全ての自閉症児にみられるものではなく、そのうちの一部の自閉症児に非常に高い能力としてみられることを報告しており、しかもその能力は知的能力とは関連していないと報告しています。
 音楽的サバンの大部分の人は絶対音感を持っています。そして大部分の人は楽譜を読めないにもかかわらず多数の曲を記憶していて正確に演奏できます。クラッシック音楽などの旋法のある音楽(例えば、ハ長調などの調がある音楽)では、絶対音感を持っていてそれを曲と共に記憶していなければ、正確な演奏はできません(転調してしまいます)。多くの曲を記憶して正確に演奏する音楽的サバンには、絶対音感とその記憶力が欠かせません。
 絶対音感の保持については、遺伝的要因と早期からの音楽的訓練の両者が関係しているとされ、また民族間に大きな差がみられます。東アジア人では絶対音感を持っている人が多く、欧米人では少ないとされ、Miyazakiら(Miyazaki, 2012)の報告によると、日本とポーランドの音楽学生を対象に調べたところ、日本の音楽学生の30%に絶対音感がみられたのに対し、ポーランドの音楽学生では7%にしかみられなかったと報告しています。この民族差の原因は十分明らかになっていませんが、米国で乳幼児期を過ごした日本人や中国人では、絶対音感を持っている人が少なくなるとの報告もあり、環境要因の影響も考えられています。
 自閉症のあるサバンの人の絶対音感について考えてみると、その中の1群の人に特に優れた絶対音感があり、これは遺伝的な要因と関連していると考えられています。一方で重要な音楽的訓練は、多くの音楽的サバンは受けていません。しかし、個々の音楽的サバンの事例をみると、何らかの形で乳幼児期から音楽を頻回に聞く機会があったり、楽器の接する機会があったことが記録されています。正式な音楽教育は受けていなくても、元々音楽に関心が強く、素因的に優れた基盤を持っている自閉症児が、音楽と接する機会が十分に与えられることで、絶対音感およびそれと関連する多彩な音楽的才能を開花させるものと考えられます。
 音楽的サバンのほとんどの人は、楽譜を読むことができず、非常に多くの曲を記憶していて、それを記憶によって演奏します。すなわち、音楽的サバンにおいては卓越した記憶力が伴っています。音楽的サバンにおける記憶力は、曲の記憶に限定されることがほとんどで、レインマンのように多彩な領域で抜群の記憶力を発揮する人は少ないようです。
 絶対音感と一緒になった曲の記憶は、自閉症の認知過程における低いレベルの要素的な情報の記憶に優れていることと関係していると一般的に考えられています。しかし、絶対音感自体がかなり高度な情報処理を要するとの報告もあり、現時点では十分に明らかになっていません。
 

 5.音楽への情緒的な感受性

 自閉症のある音楽的サバンの演奏では、その音楽の持っている情緒的な面についての表現力が弱いとする考えが多いようです。Bhataraらは自閉症のある児童・青年と、年齢と知的水準をマッチさせた定型発達児における情緒的音楽的表現への反応を調べ、自閉症の方が情緒的表現に対する反応が弱かったと報告しています(Bhatara, 2010)。しかし、音楽における情緒的表現については主観的な要素も大きく、音楽の表現方法としては、新即物主義のようになるべく情緒的なテンポの揺れ等を排除して楽譜に忠実に表現することを重要視する考え方もあります。これについては、音楽的訓練を受けているという点で多くの音楽的サバンとは異なるものの、自閉症のある音楽的サバンであるDerek Paraviciniの演奏を聞いて、各読者が判断することが最善でしょう。現在、インターネットネットでも彼の演奏等が紹介されています。
 

 6.自閉症にみられる音への過敏性

 自閉症のある子どもには、音に過敏で耳を塞ぐことが多いことが知られています。その嫌いな音の性質については必ずしも十分に分かっているとはいえません。大きな突然の音、高い音、泣き声等の感情のこもった音、等が苦手なことが多いようです。
 自閉症のある音楽的サバンにみられる所見として、和音の認知と、その和音の要素となっている個々の音(例えば、ド・ミ・ソ)に分けて認知する能力が高いとされています。和音の認知力が高いということは、モーツアルトの幼児期にみられたように不協和音に過敏である可能性が高いと考えられます。自閉症の子どもが嫌いな音には、不協和音の要素が大きい可能性が考えられます。このことを逆に考えると、音に過敏な自閉症児には、すぐれた音楽的才能が隠れている可能性があることが推測されます。耳を塞ぎたがる自閉症児には、好きな音楽や、本人が興味を持つような形での音楽的教育を積極的に試みる価値があるのではないでしょうか。音楽的サバンは、カレンダー・サバンよりも社会参加の可能性が高いこと(Blind Tomの年収を参照)も考慮されるべきでしょう。
 

関連の文献・資料

  • Bhatara, A., Quintin, EM., Levy, B., Bellugi, U., Fombonne, E. and Levitin D.J. (2010). Perception of Emotion in Musical Performance in Adolescents with Autism Spectrum Disorders. Autism Research 3: 214–225, 2010.
  • Bonnel, A., Mottron, L., Peretz, I., Trudel, M., Gallun, E. and Bonnel, A.M. (2003). Enhanced Pitch Sensitivity in Individuals with Autism: A Signal Detection Analysis. Journal of Cognitive Neuroscience 15:2, pp. 226–235.
  • Heaton, P. and Allen, R. (2009). ”With Concord of Sweet Sounds…” New Perspectives on the Diversity of Musical Experience in Autism and Other Neurodevelopmental Conditions. Ann N.Y. Acad Sci, 1169, 318-325.
  • Heaton, P., Hermelin, B., & Pring, L. (1998). Autism and pitch processing: A precursor for savant musical ability. Music Perception 15: 291–305.
  • Huron, D. 2001. Is music an evolutionary adaptation? Ann. N. Y. Acad. Sci. 930: 43–61.
  • Kanner, L. (1943). Autistic disturbances of affective contact. Nervous Child, 2, 217–250.
  • Miyazaki, K., Makomaska, S. and Rakowski, A. (2012). Prevalence of absolute pitch: a comparison between Japanese and Polish music students. J Acoust Soc Am, 132, 3484-3493.
  • Treffert, D.A. (2006) . Extraordinary People – Understanding Savant Syndrome. Lincoln: iUniverse.



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