メルマガ連載記事 「知れば得する???脳科学―自閉症―」
第2回


自閉症が男子に多いのは

国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美 義賢  

自閉症の脳は極度に男性型?

  1.脳の男女差

 性徴といわれる男女差が身体にみられますが、同様に脳の構造や機能にも統計的にみると差があることが知られています。脳の重量は男性で概ね1400~1500gであり、女性が概ね1250~1350gであるのに比べて重いとされています。左右の大脳半球をつなぐ脳梁膨大部は女性の方が大きく、これが女性は言語機能において左右両半球を活動させ、左半球を主に活動させる男性より高い能力を示すことと関連があるかもしれないとされています。また、空間認知機能を担う頭頂葉では、男性の方が皮質の表面積が大きく(皮質の厚さは女性が大きい)、これが男性で空間認知機能がより高いことと関連しているかもしれないとする報告もあります。
 ただ、脳の構造や機能に関する男女差については、まだ十分に確立された所見とはいえないものも多いので、留意することが必要です。
 

  2.バロン・コーエンの「自閉症は極端な男性型脳」仮説

 英国の自閉症研究者であるバロン・コーエンは「自閉症は極度な男性型脳(EMB : extreme male brain)」仮説を提唱しています。
 バロン・コーエンは、特に脳の「システム化機能」と「共感機能」に注目して、それぞれに関する質問紙を開発し「システム化指数(SQ : systemizing quotient)」と「共感指数(EQ : empathy quotient)」を多くの男女を対象として調べています(これらの質問紙と指数については参考資料1を参照のこと)。さらに自閉症の人を対象にこれらの指数を出して、定型発達の人たちと比較した結果を示しています(引用文献1)。
 そこでは、女性はSQが相対的に低くEQが相対的に高い傾向を示し、システム化機能より共感機能が優位であることが示唆されています。一方、男性はSQが相対的に高くEQが相対的に低い傾向を示し、共感機能よりシステム化機能が優位であることが示唆されています。
 そしてアスペルガー症候群・高機能自閉症は、男性よりさらにシステム化機能が優位である人が多いとしています。このことから、バロン・コーエンは「自閉症は自閉症は極度な男性型脳を持っている」との仮説を立てています。そして自閉症が男性に多いことと関係があることを示唆しています。
 この仮説は非常に興味深いものですが、脳及び脳機能の男女差についてはなお議論のある所見を引用していること、自閉症が男性に多いことを説明するためのものではなくその証拠が十分でないことは押さえておくことが必要でしょう。
 現在、自閉症に対する薬物療法は基本的に対症療法です。すなわち、自閉症にしばしばみられる二次障害、すなわちパニックといわれる情動興奮、不安、不眠、抑うつ気分等に対する向精神薬や、てんかん発作が随伴する場合に用いられる抗けいれん薬等が用いられています。
 一方、自閉症を治癒させる薬物や、自閉症の中核的な症状である対社会性の障害やコミュニケーションの障害、限定された関心等に明らかな効果を持つ薬剤は開発されていません。これまでに、自閉症の症状そのものに有効な薬剤ではないか、としていくつか薬物が候補としてあげられ、現在検討中の薬物もありますが、客観的な有効性の検定を通過し科学的に有効性が証明された薬物はありません。
 

性染色体の男女差

  1.自閉症の発症には遺伝的要因が関与している

 自閉症の発症には遺伝的要因が大きく関わっています。遺伝子が全く同じである一卵性双生児における同時発症は50~85%で、遺伝子が全く同一とはいえない二卵性双生児の同時発症率の約20%より明らかに多いことは遺伝要因が大きいことを示しています。一方で、一卵性双生児でも100%の同時発症ではないことが、遺伝要因以外の要素も一定程度関わっていることを示しています。遺伝要因が大きいことから、自閉症の発症と関連があるのではないかと考えられる遺伝子の研究が活発に行われ、現時点で100以上の自閉症と関連がある可能性のある遺伝子が報告されており、それらは性染色体を含むヒトの染色体23対の全てに存在しています。レット症候群や脆弱X染色体症候群のような特定の疾患を除く原発性の自閉症の発症に関わる要因は多様で遺伝子については複数が関わっていると考えられており、このことが自閉症がスペクトラムであることと一致する所見と考えられます。


 2.ヒトの性染色体

 ヒトには22対の常染色体と1対の性染色体があります(図1参照)。常染色体では、対をなす染色体はほとんど同じ大きさや形を持ち、そこにある遺伝子も、同じ形質の表現系対立遺伝子として対をなしています。これに対し、1対の性染色体では、大きさや持っている遺伝子も大きく異なるX染色体とY染色体から成り、男ではXY、女ではXXという組み合わせになります(図1を参照)。
 

図1 ヒトの染色体の模式図

図1. ヒトの染色体の模式図

 ヒトの染色体は22対のほぼ相同の常染色体と1対の性染色体からなっています。男性の性染色体は1つのX染色体と1つのY染色体からなり(青枠内)、女性では2つのX染色体からなっています(赤枠内)。X染色体に比べY染色体は小さく、持っている遺伝子は78個と推定されX染色体で推定されている遺伝子の1098個より極めて少ない。またX及びY染色体の両者の中央のくびれ付近に偽常染色体部位があり、ここに対立遺伝子としてXとYの両者に共通して存在する9個の遺伝子があります。
 

 3.伴性遺伝

 この性染色体の男女差が脳を含む身体の構造や機能の男女差を生み出します。そして、性染色体XやY上にある遺伝子に異常があると、発症率や症状が男女で大きく異なります。このような疾患が伴性遺伝疾患といわれます。
 良く知られた伴性遺伝疾患に血友病があります。X染色体に血液を凝固させる第VIII因子と第IX因子を作る遺伝子の異常によって起き、出血の際等に血液を固まらせることができなくなります。約半数が遺伝的に保因者から伝わりますが半数は突然変異によって起きます。男はX染色体は1つしかなく対立遺伝子がありませんので、このX染色体の第VIII因子もしくは第IX因子の遺伝子に異常があると血友病が発症します。しかし女性ではX染色体が2つあるので、そのうちの1つに異常があっても、もう1つの染色体にある正常な遺伝子が働くことで異常が補われ、血液の凝固因子が産生されます。このため、女性の血友病の発症は稀で、ほとんどが男性にみられます。
 

 4.レット症候群

 レット症候群は、ほとんど女性だけにみられる疾患です。その約30%が自閉症様の症状を示すことが知られており、診断基準を満たせば広汎性発達障害と診断される疾患です。レット症候群の大部分(約95%)の発症には、X染色体上にあるMECP2という単一の遺伝子の異常が関係しています。
 女性だけにみられることは、先に述べた血友病とは逆のように思われます。男性にはMECP2の異常はみられないのでしょうか?それとも症状が発現しないのでしょうか?
 男性では、症状がより重篤になり、レット症候群とは症状が異なるため、レット症候群とは診断されないのです。男性の1つしかないX染色体上のMECP2に異常がある場合、呼吸機能にも障害を来すような重篤な脳症を呈して乳幼児期に死亡することが少なくありません。また、重度の精神遅滞を中心とする症状を呈することもあります。
 X染色体上の遺伝子の異常が男性でより重い症状になるのは血友病と同様で、対立遺伝子が全く存在しないため、神経細胞の樹状突起の分枝等の発達が大きく影響されると考えられています。これに対し女性ではMECP2に異常のない遺伝子が神経細胞の半数を占める(2つのX染色体のうちの1つは無作為に不活性化される)ため症状がより穏和になってレット症候群を呈するものと考えられています。
 

 5.自閉症の発症が男性に多いこと

 自閉症の発症に関連する可能性のある遺伝子は、現在までに100以上が報告され、それらはX染色体及びY染色体を含む全ての染色体上に存在しています。このことは、自閉症の症状が多様でスペクトラムを成していることと関連していると考えられています。
 この中で、X染色体上に存在している遺伝子が、直接自閉症の発症に関わっている場合や他の自閉症の発症に関わる遺伝子の機能発現に関係がある可能性を考えれば、男性においてよりはっきりした自閉症として表れると考えられ、男性に多い理由の一部を説明できると考えられます。


参考資料
サイモン・バロン=コーエン:共感する女脳、システム化する男脳.(三宅真砂子訳,日本放送出版協会,2005)

引用文献
Baron-Cohen, S., Knickmeyer, R.C., Belmonte, M.K. : Sex Differences in the Brain: Implications for Explaining Autism. SCIENCE, 310(4), 819-823, 2005.
 
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