メルマガ連載記事 「知れば得する???脳科学―自閉症―」
第4回


自閉症の人は模倣が苦手?

- ミラー・ニューロンと自閉症 -

国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美 義賢  

自閉症のミラー・ニューロン仮説とは?

 マカク・ザルの前頭葉F5野に、ある動作を自分がしている時と他者(飼育者等)が同じ動作をしているのを見ている時の両方で活動する神経細胞のあることが報告されました(文献1 , 文献2)。自分がある動作を実行する時と、他者の同じ動作を観察している時の両者であることから、ミラー・ニューロンと名付けられました。この神経細胞の働きとして、他者の動作・行動の理解、その目的の理解、模倣、模倣を通しての学習、さらには社会性の学習にも関係していると推測されています。一方、自閉症のある人たちは「模倣」が苦手で、他者の動作・行動の理解や社会性の学習に困難があります。このことから、自閉症の人たちの脳ではミラー・ニューロンの機能が障害されているのではないか、そしてそのことが自閉症の発症原因の1つではないか、と推測されるようになりました。このような自閉症の発症にミラー・ニューロンの障害が関連しているという考えが、近年注目されている自閉症に関するミラー・ニューロン仮説と呼ばれるものです。 

ミラー・ニューロンとは?

 ミラー・ニューロン(ニューロン=神経細胞)はマカク・ザルの前頭葉のF5野にある神経細胞です。
図1に示すようにミラー・ニューロンは、自分がバナナを食べる際にバナナを掴む時と、他者がバナナを掴むという同じ動作するのを見ている時の両方で、鏡のように活動する神経細胞のことで、PellegrinoらGalleseらよって報告されました(文献1 , 文献2)。
 ミラー・ニューロンのあるF5野は、前頭葉の中の運動前野といわれる部位にあります。運動前野は、要素的な運動をコントロールしている一次運動野のすぐ前の連合野といわれる統合的な働きをする部位にあり、視覚や聴覚からの情報と併せて総合的に動作・行動を高い巧緻性で行うよう制御しています。
 F5野といわれる領野(図1の脳の図の赤い部分)にある神経細胞の中で、約17%(記録された532の神経細胞のうちの92の神経細胞)の神経細胞が、ある動作を自分が実行する時と、他者が同じ動作を実行する時の両者で活動するミラー・ニューロンです。
 このミラー・ニューロンの活動は、特定の動作について実行と観察の両者で活動するという「動作特異性」を持っていることが特徴です。Galleseらミラー・ニューロンと同定された92の神経細胞は、餌を掴む動作、餌を掴んで置く動作、餌を置く動作等のそれぞれ1つの動作について特異的に活動すると報告し、「掴みニューロン」「掴み置きニューロン」「置きニューロン」等と名付けています。すなわち、特定の動作について特定の神経細胞が実行と観察の両方で活動することがミラー・ニューロンの特徴の1つです。
 このような動作特異性を持つミラー・ニューロンの他に、口の動作の観察時と手で掴む動作の実行時というように、実行と観察で異なった動作の時に活動するミラー・ニューロン様の神経細胞があったことも報告しています。このことは、ミラー・ニューロンとミラー・ニューロン様の神経細胞があり、典型的なものから非典型的なものまで幅があることを示しています。
 その後同じ研究グループは、運動前野と直接的な神経連絡を持っている頭頂葉の下頭頂小葉について調べ、そこでも実行時と観察時の両方で活動するミラー・ニューロンが存在することを報告しています。さらに頭頂小葉のミラー・ニューロンでは、餌を食べることを目的として掴む場合と、餌をある場所に置くことを目的として掴む場合では、自分が実行する場合と観察する場合のそれぞれにおいてミラー・ニューロンの活動が異なることを報告しています。すなわち、一連の動作の目的によって、実行と観察の際に活動するミラー・ニューロンが異なること、特に観察時において活動が目的によって異なることから、他者の動作の意図を読むことにミラー・ニューロンが関係していると考察しています。

 

マカク・ザルで発見されたミラー・ニューロン

 図1 マカク・ザルで発見されたミラー・ニューロン
前頭葉のF5野にあるミラー・ニューロンは、バナナを自分が掴む時と、他者が掴むのを観察する時の両者で活動する
 

 ヒトにおけるミラー・ニューロン

 サルで発見されたミラー・ニューロンは、それが模倣、模倣を通した動作・行動の学習、他者の意図の理解、社会性の学習等に関連するのではないかと推測されました。そうすると、ミラー・ニューロンがヒトにも存在し、重要な働きを担っているのではないかと考えられました。
 ヒトではサルのように脳内に電極を装着して個々の神経細胞の活動を記録することはできないので、fMRI(機能的核磁気共鳴画像)等を用いたヒトの脳機能画像、運動に関連したμ波と呼ばれる脳波や誘発電位、経頭蓋磁気刺激法(TMS)によってミラー・ニューロンがあると推察される部位が推定されています。
 図2は、ヒトにおいてミラー・ニューロンがあると推定される3箇所の脳の部位を示しています。なお、ヒトでは神経細胞としてのミラー・ニューロン自体を同定しその活動を調べることはできないので、多くの場合、ミラー・ニューロンに相当する活動をするシステムとして、ミラー・ニューロン・システム(MNS)と呼ばれます。
 ヒトのMNSの1つは、下前頭葉の弁蓋部にあると考えられていますが、この領域はそのすぐ前(下前頭葉の三角部)といわれる部位と合わせてブローカの中枢と呼ばれており、言語の表出や理解に関わる部位と重なっています。このことから、ヒトにおけるミラー・ニューロンは言語の理解や学習にも関係していると推測されています。
 

 自閉症のある人たちとミラー・ニューロンの障害?

 ミラー・ニューロンと関係すると考えられている機能は、他者の行動や意図の理解や学習、言語の理解や学習等であり、自閉症の人たちが苦手とすることです。このことから、自閉症の症状発現の原因の一つとしてミラー・ニューロンの障害があることが推測されました。これが自閉症のミラー・ニューロン仮説です。
 他者の行動や意図の理解をする課題で、自閉症の人たちにおけるミラー・ニューロン・システム(MNS)の部位の活性化が少ないとの報告がなされています。Daprettoらは、高機能の自閉症スペクトラム障害の子どもと性・年齢・知能をマッチさせた健常児を対象として、ディスプレーに表示した怒り・恐怖・幸福・中立の表情を模倣させる課題を行って比べた実験をしました(文献3)。その結果、模倣の実行自体は両群に差がなく、脳機能でも茸状回等の視覚的な顔認知に関する部位では差がみられなかったが、MNSと推定されている前頭葉の弁蓋部の活動が自閉症群では健常群より有意に低かったと報告しています。彼らはさらに、構造化もしくは半構造化面接による評価を用いた世界的に標準とされている自閉症の評価システムであるADOSとADIの社会性スコアが、MNSの活性化レベルと逆相関している(=社会性が低いほど活性化レベルが低い)と報告し、自閉症における社会性の障害にMNSの機能障害が大きく関与していると推察しています。

 

自閉症は実際的・総合的な見方が重要

 上記のようなMNSに関する報告を基に、米国を中心とした精神分析や催眠療法等の学術誌に、自閉症の精神療法的な治療にあたってはミラー・ニューロンの治療が重要である、とする報告がなされるようになっています。
 しかしこのような考え方は、ヒトにおけるミラー・ニューロンの存在が十分に実証されていないことを無視していると考えられます。
サルにおけるミラー・ニューロンの存在はほぼ確定された事実ですが、それが「模倣」に関わるとの推測は十分な根拠があるとはいえません。この推測は、サルは乳児期の短い一時期を除き「模倣」ができないことを無視しています。サルのF5野におけるミラー・ニューロンはそこの神経細胞の十数%であり、その活性化がヒトにおける脳機能画像に計測可能な程に反映されるかどうかも十分に検証されていません。サルのミラー・ニューロンの同定には特定の動作に関する特異性が必要ですが、ヒトではこのようなことは不可能です。
 上記のこと等から、サルで発見されたミラー・ニューロンをヒトに直接的に適用して推察する際には慎重な考察が必要です。療育等に直接的に応用するのは、まだ時期尚早と思われます。自閉症の子どもが模倣が苦手なことをミラー・ニューロンに直接的に結びつけて「ミラー・ニューロンをきたえる」ように考えるよりも、その子どもの他者への関心の程度、他者へ関心が持てるように不安の少ない環境が用意されているか、等から総合的に考えることが大事です。
 ただ、ヒトにおいても自分が実行する際に活動する脳部位が、他者の動作・行動の観察の際にも活動することが、ミラー・ニューロン仮説から明らかにされる等、今後、自閉症に関連した重要な脳科学的所見が産まれる基盤が形成されたことは確かで、研究の発展に大きな期待が持てると思われます。
 

図2 ヒトで推定されているミラー・ニューロン・システム

図2 ヒトで推定されているミラー・ニューロン・システム


文献・引用

[文献1]
Pellegrino DG., Fadiga L., Fogassi L., Gallese V., and Rizzolatti G. (1992) : Research Note, Understanding motor events: a neurophysiological study. Exp Brain Res, 91, 176-180.
[文献2]
Gallese V., Fadiga L., Fogassi L. and Rizzolatti G. (1996) : Action recognition in the premotor cortex. Brain, 119, 593-609.
[文献3]
Dapretto M., Davies MS., Pfeifer JH., Scott AA., Sigman M., Bookheimer SY. and Iacoboni M.(2006) : Understanding emotions in others: mirror neuron dysfunction in children with autism spectrum disorders. Nature Neuroscience, 9(1), 28-30.

 

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