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本文 III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
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4.ニューヨーク州
1)調査の目的
 米国ニューヨーク州における特殊教育の現状をシラキウス地区、マンハッタン地区にある学校、教育機関を訪問することを通して明らかにする。

2)調査の方法:
 (1)調査の期間:
  2000年10月3日〜10日
 (2)調査対象地域
  (a)ニューヨーク州シラキウス地区
  (b)ニューヨーク州マンハッタン地区
 (3)調査の手続き:
  実際の教育場面の観察と関係者へのインタビュー

3)シラキウス地区の調査概要
(1)シラキウス地区の特徴
 ニューヨーク州は、アメリカの経済の中心地であるマンハッタン地区を有する州であるが、北はカナダとの国境を接している州でもある。首都は、オーバニーである。シラキウスはセントラルニューヨークといわれる地域にあり、ニューヨークの東西の中央よりやや東に位置し五大湖の一つオンタリオ湖の東端に近い位置にある。またシラキウスはニューヨーク州の5大都市(ニューヨークシティー、オーバニー、ロチェスター、バッファロー、シラキウス)の一つであるが、ニューヨークシティー、オーバニー、ロチェスターに比べると農村地帯が多い地域でもある。
 シラキウス地区の特殊教育の特徴を述べるときに忘れてはならないものにシラキウス大学がある。この大学は1870年に創立された私立大学である。この大学の特殊教育の課程は、毎年全米で10指に数えらており、学部、修士課程、博士課程を擁し、全米各地に学校の教師や研究者を輩出してきた。また、この大学の中にはバートン・ブラッド(Burton Blatt)博士(1927−1985)が設立したCenter on Human Policyがある。Blatt博士は、1966年にフォトエッセー"Christmas in Purgatory”(煉獄のクリスマス)を発表し、アメリカ国内の障害者施設における処遇の問題を世に問う活動をされた方である。このエッセー以後アメリカは、障害者の処遇において、施設収容からコミュニティーにおけるケアヘとその舵を切り始める。そして、アメリカは1975年の全障害者教育法の成立を経て、最小制約環境、個別教育計画、無償の適切な公教育といった現在の特殊教育の根幹に関わるサービスの基本方針を確立するに至る。また、北米におけるノーマライゼーションの理論化に大きな影響を及ぼしたウォルフェンス・ヴェルガー(Wolfensberger)博士もシラキウス大学名誉教授であり、かつての大規模収容施設の跡地の一室にトレーニングインスティチュートを開設し、自らの理論と実践の普及活動を行っている。
 この地域には、現在Special Schools(養護学校)は存在せず、Self-Contained Classes(特殊学級)を有している学校とインクルージョンに取り組んでいる学校の2種類に分けることができた。実際の学校の選定や日程の調整は、シラキウス大学 Center On Human PolicyのTaylor博士、Berrigan博士、Walker博士、Shoultz博士のご尽力によるものであった。

(2)ジョオーニオスクール(The Jowonio School:Private Preschool)
 “JOWONIO(ジョオニオ)”という言葉は、オノンダカ郡(シラキウス地区はこの郡の一部になる)のアメリカンインデアンの"to set free(自由にする)”という意味である。この学校は、公立校以外の選択肢をもとめる親によって1969年に設立されたプライベートのプレスクールである。設立当初は、15名で始まったこの学校も現在は、140人以上の子供と40にのぼる教師、パラメデカルスタッフ、ソーシャルワーカー、心理土などスタッフから構成されている。この学校は、プレスクールとしての機能の他に、地域の保育所に巡回して障害のある子どもの保育を支援している。
 学校としてのJOWONIOは、インクルージョンの教育形態を採用している。健常児と障害のある子どもの比率は原則として2:1であるとうことであったが、訪問したクラスは、17名中7名がIEPを持っていた。指導体制としては、主教師、副教師のチームの他にそのクラスに固定された補助教師と曜日替わりで入る補助教師がいた。また、この学校は、教育実習を積極的に受け入れているため、多くの学生が日常的に出入りしていた。IEPをもつ子どもの障害の状況は、行動障害を伴う自閉症1名、座位保持の困難な脳性マヒ1名、アスペルガー症候群1名、情緒不安定1名、言語発達の遅れ2名、非常に軽度の遅れ1名であった。
 この学校のクラス担当の主教師は全員が、幼児教育と特殊教育の教員免許をもっている。訪問したクラスは、たまたま2名の教師とも大学院を卒業し、幼児教育と特殊教育の免許を有していた。IEPを持つ子供達は、それぞれのもつIEPにもとづきクラスですごしたり、必要がある場合は、校内のセラピールームにおいて個別の指導をうける。また、セラピストは、障害のない子ども数名とIEPを持つ子どもをつれて、セラピールームで障害のない子どもをモデルとしたセラピーを展開するといった、ピアチュータリングの方法も用いて指導を行っていた。当然、セラピストが教室において子どもを支援することもある。
 かなり障害の重たいお子さんをもクラスの一員として参加させていることが、他の教室の訪問からも明らかになった。 この点を質問したとき、校長のBarnes博士は、盲聾二重障害の子どもが相談に来たことがあったが、自分たちにそのノウハウがなかったため視覚障害の専門の機関を紹介したといったエピソードを紹介してくれた。

(3) シラキウス学区(Syracuse School District)
 シラキウス学区の公立校は、2校見学することができた。
時間の関係で非常に足早の訪問であったが概要は以下の通りであった。

(a)セーラムハイド小学校(Salem-Hyde Elementary School)
 この学校の校長は先のThe Jowonio Schoolで教鞭をとった経験がある人で、インクルージョンに学校を通して取り組みたいと考えている先生であった。しかし、彼によるとこの学校の現状は、先生の意思統一がうまくいかず、現在はインクルージョンを実践している学年とそうでない学年があるとのことであった。彼によれば、子ども、親、教師と3つのグループのなかでインクルージョンにもっとも受け入れやすいのが子ども達であり、次に子どもの変わる様子を見ながら親が変わる。そして最後に教師が残されるが、ここが一番難しいといった話をしてくれた。訪問の時間帯が昼食時間と重なったためここではあまり教室の見学をすることができなかった。

(b)へニンガー高等学校(Henniger High School)
 この学校はシラキウス大学に一番近い公立高校である。校長からは多忙のため、話を伺えなかった。ここでは主に特殊教育担当の教師が教室を案内してくれた。ただ、アメリカでは高校まで義務教育であり、しかも単位制であるため障害のある子どもたちもそれぞれくんだカリキュラムに従って授業をとっているため、特殊学級につねに同じ顔ぶれがそろっているわけではない。参観ができた写真に関する授業に出席をしていたIEPを持つ生徒は、学校の教師に尋ねないとわからない状態であった。その後特殊学級用のスペースで数名の生徒と会うことができたが、それは、休み時間に彼らが戻ってきた時であった。その中の一人を特殊教育担当の教師「彼はファシリテーティド・コミュニケーションをつかってコミュニケーションができるのよ」と紹介してくれた。私が「Hello」というと、教師が軽く彼の肩のあたりにふれた。彼は目の前のキーボードを手で操作し始めた。するとしばらくして彼の目の前にあるキーボードから「Hello. How are you?」と音声がきこえる。ファシリテーティド・コミュニケーションの有効性にはいろいろな議論があるが、彼は、教師の支援と機器の助けを借りてコミュニケーションをとって社会とつながっているのだなといった印象を受けた。

(4)リバプール中央学区(Liverpool Central School District)
 この学校区の特徴は、学校区を挙げて、インクルージョンに取り組んでいるとことである。したがって、Salem-Hyde Elementary Schoolの様に同じ学校でもインクルージョンに取り組んだりそうでなかったりするのではなく、この学校区の公立校はインクルージョンを原則として教育活動を展開している。この学校区においては、3つの学校を訪問することができた。

(a)ウィローフィールド小学校(Willowfield Elementary School)
 この学校は、広い廊下と各学年ごとのオープンスペース、学年のあるブロックの中心に位置する教室スペースをもっている学校であった。この中央のスペースは、IEPを持つ子どもが適宜集められて特別なプログラムを行うスペースとして使われていた。校内は、電動車椅子や、コミュニケーションボードを積んだ車椅子の子どもみられた。校内には感覚統合などが行える部屋や言語療法士の使う部屋などがあった。案内してくれたスクールサイコロジストは、IEPをもつ子どもの書類に全て関わり、かれらの状態をよく把握している様であった。各教室にはパソコンが最低3台ほどあり、スペースに恵まれていることもあわせて今回訪問した学校でもっとも裕福な学校との印象を受けた。

(b) ロングブランチ小学校(Longbranch Elementary School)
 この学校は、先のWillowfield Elementaryのような広い廊下や感覚統合などが行える特別な部屋はないが、こじんまりとした家庭的な感じを受ける学校であった。参観した4年生のクラスは3つのグループに分かれて本読みを交代で行っていた。23名中7名がIEPを持っているとのことであるが、どの子どもがIEPを持っているかは、教えられるまでなかなかわからない状態の子どもたちであった。3つのグループの一人の大人は通常級の担任で、もう一人が特殊教育の教師、もう一人は補助教師、この補助教師は、授業によって入ったり入らなかったする。7人の子どもは、特殊教育の教師のグループに全員入っていると思っていたが実は、3つのグループに分けられ、このグループも毎回替えられるとのことであった。通常級の担任と特殊教育の教師の授業中の役割は固定しておらず、どちらが特殊教育の教師かは尋ねなければわからない状態であった。我々は校長にこの学校の区域の子どもでこの学校に来ていない子どもがいるかと質問をしてみた。答えは1名だけ先のWillowfield Elementaryにいるというものであった。この子どもははじめWillowfield Elementaryにいたが引っ越しでこの地域に来て、なおかつ車椅子を使うといった障害特性もあり、Willowfield Elementaryを選んだらしい。もしこの子がこの学校に来たいといえば、受け入れたが家族の希望のため現在はこの学校にはきていないとのことであった。この学校区ではセラピストは、学校区に所属しており、こどものニーズにあわせて、彼らが巡回する形態でサービスを提供している。また、補助教員も学校区に所属しており、機動的に運用されていけた。

(c)リバプールハイスクール(Liverpoolhigh School)
 この高校はこの地区唯一の公立高校である。そのため非常に大きな高校であった。この地域の障害のある生徒たちも公立校にいこうとすれば必ずこの高校に来るわけである。この高校も単位制であるので、それぞれ個人によってカリキュラムがことなる。この学校にもIEPを持つ生徒達の教室のスペースが用意されていた。彼らはここを拠点に授業を受けにいく。必要がある場合は補助教師がつきそって授業に参加する。後期中等教育におけるインクルージョンは、取り組まれ始めたばかりで非常に挑戦に満ちているとのことであった。

(5)シラキウス地区の整理
 シラキウス地区はコミュニティーでの教育や支援を子どものニーズにあわせて取り組もうとする雰囲気のあるところである。学校区が異なれば異なる考えの基に教育があり、同じ学校区でもまた、取り組み方が異なっている。インクルージョンの在り方も一様ではなくむしろ学校の施設等の制限によりことなった実相を呈している。しかし、子どものニーズにあわせた専門家の巡回等もしっかり行われておりコミュニティーにおいて個のニーズを満たす方向性を確固として持っている。これらの学校におけるインクルージョンの教育実践の一つの特徴として、テームテーチングや職階制などの教授組織の工夫が見られること、また、あまりふれなかったが、グループ学習を頻繁に用いていることなどが挙げられる。ただし、高校では授業を見る回数がすくなかったためかそのような場面を見ることはできなかった。

(文責 肥後祥治 新井千賀子 千田耕基 高為重)
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