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本文 III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
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III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
1.イギリスにおける特別な教育的ニーズを有する子どもの指導に関する調査
I 教育・特殊教育の概要について
1.英国の事情と政治状況
1)英国の事情
 英国は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドからなる連合王国である。スコットランドと北アイルランドは、地域の独立性も高く、教育についても独自の法律をもっている。近年、ウェールズにも新たな議会が発足し、その独立性を強めている。英国の人口の約80%がイングランドに集中している。このイングランドの政策動向は、他の地域にも強い影響を与えているが、制度等においては各地域に違いがある。
 ここでは、主にイングランドにおける「特別な教育的ニーズ(Special Educational Needs;SEN)のある子ども」の教育について概観する。

2)政治状況
 1997年5月の英国の総選挙において、労働党が勝利をおさめた。これは、18年続いた保守党支配、すなわち、「新保守主義」に対する批判としての国民の選択であった。新たなリーダーとして労働党のトニー・ブレア首相が選出された。彼は教育重視を打ち出し、「英国における重要な課題は三つあります。それは教育、教育、そして教育であります。」という有名なスピーチを行った。しかし、今回の英国における福祉・教育の重視は、過去に労働党が実施した手厚い福祉ではなく、訓練や教育による雇用機会の拡大をねらったものであり、「福祉から労働へ」がそのスローガンであった。このような福祉重視の施策目標は、「教育水準の向上」と「機会均等(インクルージョン)」というキー・ワードで提起された。

2.特別な教育的ニーズヘの教育的対応の施策及び新動向
1)教育改革の状況
 労働党のブレア首相は、最優先課題として教育問題を取り上げたが、これはすべての子どもがその将来の基盤を築くために、教育水準の向上を図ることを最大目標にしていた。新しい政府は、この教育政策についてまとめて、ホワイト・ペーパー(White Paper;Excellence in school)として、1997年7月に公表した。そこでは、学校、教師、保護者、家族、地域が、それぞれパートナーシップをもとに、共同して教育水準を上げていく意図が示された。

2)特殊教育の改革
 このホワイト・ペーパーを展開するにあたって、教育水準の向上には、特別な教育的ニーズのある子どもに対する教育水準の向上も含まれていた。そのため特別な教育的ニーズに応じた教育を検討する会議として、特別な教育的ニーズに関する国家政策協議会(National Advisory Group on SEN)が招聘された。この協議会の課題は、国民をはじめ、専門家、関連団体に対して、今後の特別な教育的ニーズに対する教育の方向性を提示する施策案を作成することであった。この施策案が1997年10月にグリーン・ペーパー(Excellence for all children:meeting special educational needs)として提示された。さらに、このグリーン・ペーパーに対する各界の有識者の意見を召集して、1998年11月に、今後3年間のSEN行動計画(Meeting Special Educational Needs:A Programme of Action)が示された。そして、2001年6月に特別な教育的ニーズのある子どもの教育的対応を示した教育実施規則(Code of Practice)の改訂版が示された。制度上の特別な教育的ニーズの定義も見直されようとしている。ここまでが、政権交代による新たな政府が実施してきた、特別な教育的ニーズに対応する教育改革の取り組みの経緯である。

3)教育改革の新動向
 英国における教育改革の新動向として、(1)教育における権限を国家と学校に振り分け、地方教育局(Local Educational Autholity:LEA)の権限を縮小すること、(2)学校教育の内容を規定したナショナル・カリキュラム(Natlonal Curriculum)に基づく学力の向上を図ること、(3)学校間の競争により教育の質の改善を図ること、(4)保護者の学校選択の自由度を拡大すること、等があげられる。この十年で教育に関する数多くの報告書が提出され、新たに規定された法律や廃止された制度も多い。これらの変化の大きさは、日本の教育からは想像できないほどのものであるが、障害のある子どもの教育または特別な教育的ニーズのある子どもの教育に関しても、この教育全体の大きな変革の中において、その方向性が論議されている。

4)特別な教育的ニーズヘの教育的対応の立法、行政及び施策
 英国における特別な教育的ニーズに対する教育的対応を推進する立法、行政及び施策について年代順に概観すると以下の通りである。
・1970年教育法
  −就学免除規定の撤廃
・1976年教育法
  −統合教育推進の明確化
・1978年教育法
  −ウォーノック報告(障害カテゴリーを廃止し、その代わりの概念的基盤として「特別な教育的ニーズ」という概念を公式に採用した)
・1981年教育法
  −障害カテゴリーの撤廃
  −特別な教育的ニーズ概念の導入
  −統合教育の原則、保護者の権限の拡大
  −特別な教育的ニーズの評価手続き
・1988年教育改革法
  −ナショナル・カリキュラムの導入
  −学校権限の拡大
  −国庫補助学校(grant-maintained school)の設置
・1993年教育法
  −特別な教育的ニーズに関する教育実施規則の制定
  −小・中学校における特別な教育的ニーズについての方針とSENコーディネーター(Special educational needs coordinator)の位置づけ
  −特別な教育的ニーズ裁定委員会(Special Educational Needs Tribunal:SENT)の設立
・1994年特別な教育的ニーズに関する実施規則の詳細規定(教育施行令)
・1996年教育法
  −特別な教育的ニーズのある子どもの教育についての微修正
・1997年グリーン・ペーパーの発行
  −1996年教育法における特別な教育的ニーズのある子どもを含め全ての子どもに対する教育の質の向上のための具体的方策を提示
・1998年特別な教育的ニーズヘの対応のための行動計画
・2001年教育実施規則の改訂版

3.インクルージョン教育とナショナル・カリキュラム
1)インテグレーション/インクルージョン教育
 1981年教育法はインテグレーション教育に対する確固とした法的公約を与えるものであった。すなわち、特別な教育的ニーズのある子どもは一定の条件が満たされれば通常学校での教育が保証されるべきであり、可能なかぎり他の子どもたちと一緒に学校の諸活動に参加すべきであるとされた。しかし、これはなにも特別学校を否定するものではなく、特別学校は従前からの役割と通常学校との連携において求められる教育支援センターとしての役割が求められてきている。
 英国教育雇用省の1998年の統計によれば、特別な教育的支援を必要とする「判定書(Statement)」を有する児童生徒は、全就学児童生徒の2.9%であった。その内の約6割は通常学校に在籍し、この他にも特別な教育的支援を必要とする特別な教育的ニーズのある児童生徒が全体の約20%いると考えられている。また、1988年教育改革法により導入されたナショナル・カリキュラムに関する「到達度評価」の結果から、「判定書」はないものの学習上に困難を示す児童生徒が予想以上に多いことが示された。
 英国におけるインクルージョン教育の志向は、理念的側面もあるが、通常学校に在籍するこのような特別な教育的ニーズのある児童生徒に対する教育的対応の側面もあると考えられる。

2)ナショナル・カリキュラム
 ナショナル・カリキュラムはすでに述べたように1988年教育改革法によって導入され、1993年教育法後に改訂された。この法律に示されたナショナル・カリキュラムとしての教科の指定は、イングランドとウェールズの地方教育局が管轄する義務教育段階(5歳〜16歳)の小・中学校と国庫補助学校に適応された。ナショナル・カリキュラムは、全国共通に指定された中核教科(国語、数学、理科、そして技術)と、その他の基礎教科(歴史、地理、美術、体育、音楽、そして外国語)で編成されている。また、ナショナル・カリキュラムは、表1のように、4つのキー・ステージに分けられている。
表1.ナショナル・カリキュラムのキー・ステージ
  年 齢 学 年
キー・ステージ1 5〜7歳 1〜2学年
キー・ステージ2 7〜11歳 3〜6学年
キー・ステージ3 11〜14歳 7〜9学年
キー・ステージ4 14〜16歳 10〜11学年
 ナショナル・カリキュラムには、児童生徒の教科の到達目標、学習プログラム、そして教育評価の手順が定められ、また、各キー・ステージで習得されるべき各教科の知識、技能、および理解力などの到達目標が示されている。さらに、各キー・ステージには児童生徒の到達が期待される遂行水準を8レベルに分けて示されている。
 ナショナル・カリキュラムは、特別な教育的ニーズのある子どもにも適応されるが、この場合、児童生徒の特別なニーズに応じて一部を割愛したり修正できる柔軟性が許されている。ナショナル・カリキュラムは包括的なものであるが、特別な教育的にニーズのある子どもには、もちろんそのニーズに応じて特別なカリキュラムも提供される。例えば、視覚障害児の場合、点字指導、歩行訓練、弱視用補助具の活用指導、コンピュータ指導などが、児童生徒のニーズに応じて指導される。
 ナショナル・カリキュラムが導入されたとき、多くの教師は指導内容や方法、あるいはいつ、どのように指導するかということなど教師の自立的な選択性が失われるのではないかと心配した。しかしながら、ナショナル・カリキュラムは、特別な教育的ニーズのある子どもにも対応できる広範囲で、しかも均衡のとれたものであることが示され、現在、種々の課題はありながら英国の教師に受け入れられてきている。
(大城 英名)
 
資料
・Department for Education and Science:Speclal Educational Needs: Report of the Committee of Inquiry into the Education of Handicapped Children and Young People.London: HMSO,1978.
・Department for Education and Employment: Exellence for all children−Meeting Special Educational Needs-. The Stationary Office U.K. 1997.
・Department for Education and Employment:
http://www/dfee.gov.uk/senap/index.htm
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