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本文 III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
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IV 地方教育局の取り組み
 1988年教育法により学校の地方管理が導入され、地方教育局がもついくつかの権限が学校へ委譲された。学校がもつ権限は、教育課程、人事、予算の領域にわたり、学校は学校理事会の決定に従って、学校運営を行うようになった(日本の学校よりも、多くの権限を学校が持つ)。このような中で、地方教育局の役割のひとつは、特別な教育的手だての調整・管理と学校理事会との相互協力、調整が重要な業務となってきている。

1.教育発展計画の策定
 1998年の「学校教育の水準とその枠組みに関する法律(School Standards and Frame Act 1998)」において、地方教育局は、1999年4月から3年間の「教育改善計画(Education Developmental Plan)」を策定することが義務づけられた。この計画には、達成すべき教育水準に関する目標や問題行動の減少などを含む学校教育の改善方策、支授活動及び情報提供が求められている。また計画案だけでなく、計画を検討する中で、以下の点の改善を促す契機となるだろうとされている。(1)すべての子どもの教育水準を向上させるために、地方教育局が、学校や保護者と効果的に連携する。(2)地方教育局及び国家が設定した目標を実現するために、学校が独自の挑戦的で、現実的な目標を設定する。(3)教育水準について、地方教育局が学校、保護者、コミュニティに対して説明責任をもつ。(4)地方教育局が学校改善へ効果的に支援する。
 さらに、その中には、特別な教育的ニーズのある子どもへの教育についての改善計画を含むものとされている。
 この改善計画の評価は、中央政府の教育水準監督局(OFSTED)によって行われ、評価が低い場合には、緊急の改善計画が要求されることになっている。再三の勧告にもかかわらず、その地方教育局の教育行政に改善がみられない場合は、中央政府の直接的な管理下におかれる場合もある。

(徳永  豊)
2.ニューハム地方教育局の事例
1)ニューハム地区の概要
 ニューハム地区は、ロンドンの東部に位置しており、市中心部から地下鉄で15分程の距離である。対応者の説明によれば、この地区は英国内でも、貧しい人々(英国内でも特に貧しい人々や、旧植民地からの移民等)が多く住んでいる。また、この地区の子どもの到達度評価の結果(National Curriculum Test Result)は、全国水準を下回っている。
 当地方教育局のスタッフによれば、インクルージョンの政策は、1986年以降発展してきているとのことである(表7)。当時、分離教育について保護者の間から強い批判が地方教育局に寄せられていた。同時に、教師側には、インクルージョンを推進しようとする意志の強い人々がいた。

表7.ニューハイム地区のインクルージョンの発展経過
 ・1980年代 特別学校の数8校、生徒数700名
・1986年 インテグレーション政策の開始
・1988−1994年 5つの特別学校閉鎖
・1992年 インクルージョン政策の開始
・1996年 ステートメント保有者の90%は、メインストリーム学校で教育を受けるようになる。

 この地区には、様々な内容の特別な教育的ニーズを有する子どもが住んでいる。地方教育局としては、分離教育では対処できなくなり、小・中学校で対応していくことにした。通常の学校には、種々の施設や様々な科目の授業があり、これらを通して、特別な教育的ニーズを有する子どもは、普通の子ども達と友情や関係を作り上げられると思う。普通の子どもにとっても、いじめをしなくなるなど良い影響が与えられると思う。彼らにとっては、障害者を怖がったり、どう対応したらよいか懸念するようなことも減っていくであろう。

2)地方教育局の取り組み内容
 ここでは、各調査項目(資料参照)のうちで回答が得られた内容のまとめた。
 (1)特別の教育的ニーズを有する子どものインクルージョンに関する地方レベルの法律や規則として、1994年に「インクルージョンの方略(Strategy for Inclusive Education)」が議会で採択されている。また、進め方の原則は、「インクルージョン憲章(Inclusive Education Charter)」に述べられている。
 (2)就学前の特別の教育的ニーズのある子どもについて、管轄地域ではどのような対応が行われているかという質問に対しては、ニーズの違いに対応するため、初等学校の中にインクルージョンの拠点校が複数あり、その中の保育部門において教育的対応がなされているということであった。また、(少なくとも聴覚障害児に関しては)3歳以下の幼児を対象とした地方教育局による就学前サービスがあり、家庭で指導が受けられるとのことである。
 (3)通常学級における特別な教育的ニーズのある子どもについて、管轄地域ではどのような対応が行われているかという質問に関連しては、次のような回答が得られた。
 第1に、表8のようにインクルージョンのための拠点校があり、各拠点校は、ニーズの違いに応じているとのことである(1999年秋現在)。

表8.拠点校の種類と校数
  初等学校* 中等学校
聾・難聴児 1 1
言語障害児 1 -
言語・コミュニケーション障害児 - 1
重度コミュニケーション障害児 2 1
重度学習困難児/最重度・重複学習困難児 2 1
肢体不自由・病虚弱児 1 1
地区内初等学校数は64校、中等学校は15校である。

 第2に、「判定書」を有する生徒の91%が、現在、通常の学校に在籍している。インクルージョンに関する基本原則を記した冊子である上記憲章(Inclusive Education Charter)と、実施テキスト(Inclusive Education Audit)を全ての学校に配布しているとのことである。
 第3に、聴覚障害児の親が仮に、聴覚障害を専門とする通常の学校(拠点校)ではなく、地元の学校に子どもを通わせたいと希望した場合、最終的には親の意見が優先されるものの、地方教育局としては、専門の学校を推薦している。なぜなら、(1)周囲にサインランゲージを使用する子ども(聴覚障害児ら)が多くいるため、コミュニケーション環境が保障されている、(2)聴覚障害児が分散し、サービスを提供する場の範囲が広がると、インクルージョンのコストが高くなってしまうため。聴覚障害児は、これを専門にインクルージョンを進めている通常の初等学校に36名(全児童数700名)、中等学校に30名(全生徒数1000名)いる。
 第4に、表9のようなサポート・サービスが地方教育局から提供されている。サポートの内容としては、アドバイスが中心となる。学習支援サービスについては、現在100人以上のスタッフがいるが、地方教育局には12人を残し、他は全て学校へ所属させる予定である(2000年4月から)。他のサービスに関しては、各々3〜6名のスタッフが対応しているとのことである。

表9.サポートサービス
  ・学習支援サービス
  ・聾・難聴支援サービス
  ・病院・家庭指導サービス*
  ・行動支援・指導サービス
  ・言語・コミュニケーションサービス
  ・視覚障害支援サービス
  ・自閉症等支援サービス
*病気やけがをした生徒への一時的サービス

 (4)特別学校における特別な教育的ニーズにある子どもについて、管轄地域ではどのような対応が行われているかという質問に対しては、当初8校あった特別学校は、現在3校のみとなっている。そのうちの1校は、主にリソースセンター(通級学級)として利用されている(表12参照)。また、近い将来は、このセンターと重複障害児中心の学校1校にする予定である。
 (5)管轄地域の統計については、以下のような情報が得られた。
 表10は、地方教育局のスタッフから示された地区内の児童生徒数や学校数である。また、表11は、ニューハム地方教育局のホームページで紹介されていた通常校の児童生徒総数である。

表10.児童生徒数および学校数
  <ニューハムの現状>    
  人口    
   ・総人口 228,857名  
   ・児童生徒数 45,000名  
  学校数*    
   ・幼稚園 8校  
   ・初等学校 63校  
   ・中等学校 13校  
   ・特別学校(生徒数93名) 2校  
  PRU**および情緒・行動障害ユニット 2校  
* 初等・中等学校の数が、表2で示された数より若干少ない。特別学校の数には、資源センターとしての数が含まれていない。
** PRU: Pupil Referral Unit

 表12は、表11と同様に、ニューハム地方教育局のホームページで紹介されていた特別学校に在籍する児童生徒数である。また、表13は、地方教育局のスタッフから示された通常の学校における特別の教育的二一ズを有する児童生徒の実施規則上のステージごとの数、あるいは、(ステージ4と5で)「判定書」を有する児童生徒の数である。

表11.ホームページで紹介されている児童生徒総数(特別学校を除く)
初等学校(64校)1999年秋 (人)
レセプション 1年生 2年生 3年生 4年生 5年生 6年生
1,334 3,961 4,047 3,916 3,915 3,862 3,760 24,822名
中等学校(14校)1999年秋 (人)
7年生 8年生 9年生 10年生 11年生 12年生以上
3,559 3,385 3,288 3,335 3,277 253 17,353名
(http://www.newham.gov.uk/education/moreed/statistics/secondaryrolls.htm)
 
表12.ホームページで紹介されている特別学校の児童生徒数(1999年秋)
<単一在籍> (人)
幼・小学部 ナーサリー レセプション 1年生 2年生 3年生 4年生 5年生 6年生
Beckton 3 2 2 3 1 2 0 5 18
J.F.Kennedy 1 0 0 0 3 4 2 5 15
4 2 2 3 4 6 2 10 33
中・高等部 1年生 2年生 3年生 1年生 2年生 3年生 4年生 5年生以上
Beckton 4 5 2 2 5 2 2 4 26
J.F.Kennedy 2 1 3 5 5 5 4 1 26
6 6 5 7 10 7 6 5 52
<二重在籍> (人)
幼・小学部 ナーサリー レセプション 1年生 2年生 3年生 4年生 5年生 6年生
Eleanor Smith* 0 1 2 11 9 17 33 38 111
J.F.Kennedy 0 0 0 0 0 1 0 0 1
*Eleanor Smith校は、フルタイムの児童数が10名以下の学校で、情緒・行動障害のある児童の資源センターとしての役割を果たしている。
(http://www.newham.gov.uk/education/moreed/statistics/specialrolls.htm)
 
表13.メインストリーム学校における特別の教育ニーズをもつ児童生徒の分類(1999年秋)
  児童生徒数  Stage 1-2 Stage 3 Statemented
初等学校(62校)
平 均
27,083人
430
5,286人
84
1,011人
16
577人
9
中等学校(13校)
平 均
15,815人
1,217
3,177人
244
619人
48
669人
51
 
 また、調査項目のひとつであった、特別なニーズのある子どもたちに対して使われている分類カテゴリー(分類用語)を探ると、資料等には以下のような用語がみられる;
 Speech and language difficulties
 Language and communication difficulties
 Severe communication difficulties
 Severe learning difficulties
 Profound and multiple learning difficulties
 Physical difficulties and complex medical conditions
 Deaf or partially hearing
 Visually Impaired
 Autistic Spectrum

3)その他の情報
(1)インクルージョンを進める上での課題
a.十分な数の経験のある教師がいない。そのため、大掛かりな教員研修を実施する必要があるが、コストがかかる。
b.クラスのサイズ(児童生徒数)を小さくしたいができない。コストがかかる、子どもの数が急速に増えている、スペースが確保できないことなどが主な理由である。
c.中央政府が学校の到達度評価に基づく教育水準の向上を強調するが、特別な教育的ニーズを有する子どもが多くいれば、テスト結果は低くなる。このことが、学校の教育水準をみる際に考慮されていない。
 OECDのレポートでは、(分離教育に比べ)インクルージョンの方がコストが低くなると言われているが、実際はどうかという質問に対し、「そのようなことはない。先にも述べたように、コストがかかる。」という返事であった。
(2)ニューハムの教員研修コース
 表14は、ニューハムで行われている教員研修のコース名と担当部門である。教員研修は、ロンドン大学と提携して、学校か2つの研修センターで行われている。
 また、アシスタントに関しては、5年前から、「City and guild」(職業資格)の一部として、アシスタント(Learning Support Assistant)の資格が与えられるようになったとのことである。

表14.研修コース
コ ー ス 名 担当部門
SENコーディネータートレーニング 学習支援サービス
重度学習困難 学習支援サービス
言語とコミュニケーション 言語・コミュニケーション支援サービス
ICT*in the Inclusive Setting 学習支援サービス
通常学校における自閉症 自閉症専門教師支援サー ビス
視覚障害と重複障害 視覚障害支援サービス
Positive Behaviour 行動支援・指導サービス
*Information and Communication Technology

(3)学区外の子どもの受け入れについて
 例えば、前述のクリープス初等教育学校の場合、「判定書」を有する子ども45名中4名は学区外の子どもであり、これらの子どもの学費は、各々の地域の地方教育局から支払われるとのことである。また、障害が軽度の子ども達は学区の学校へ行くことが多いが、重度の子どもは、親が望むなら、特別学校へ行くことが多い。自閉症、聾、盲の子どもは、各々専門性を有する通常の学校に在籍しているという情報も得られた。
(川住 隆一)
 
資料

・Inclusive Education Charter(基本原則)
・Inclusive Education Audit(実施テキスト)
・Incluslve Education Courses 1999−2000(研修プログラム)
・Home page(http://www.newham.gov.uk/education/)
(保護者及び教師向け情報)
 (1)Our Inclusive Education Policy
 (2)Inclusive Educatlon in Newham
 (3)Starting Nursery School

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