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本文 III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
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VI 考察
1.英国の特殊教育の動向について
 研究調査での収集情報と文献情報に基づけば、英国の特殊教育の動向は以下のようにまとめられる。

1)インテグレーション/インクルージョンに関する施策
 1978年のウォーノック報告においては、可能な限りインテグレーションを推進することが目標とされていた。北欧諸国の動向に影響を受けつつ、1997年に保守党政権から労働党政権に変わり、1997年のグリーン・ペーパーで、「インクルージョン」という用語を採用した。この背景には、1995年の障害者差別禁止法がある。2000年に教育法の改正をめざし、子どもの権利、障害者の権利、そしてすべての市民の権利が強調され、政策理念としての「インクルージョン」の位置づけは、より重要なものとされている。
 今の労働党政権は、教育の基本方針として「教育水準の向上」と「インクルージョン」を掲げている。この2つの方針は、拮抗する政策であり、そのバランスをいかに取るかが問われている。教育雇用省と各地の地方教育局は、この理念を実現すべく努力している。しかし、通常の学校や特別学校、また保護者には、「インクルージョン」の基本理念は理解するが、現実的対応が必要だと反対意見も多い。
 現状は、特別学校在籍者が1.2%であり、「判定書」保有者が3.0%である。「障害のある子ども」でなく、「特別な教育的ニーズのある子ども」という表現で、その対応を模索している。特別な教育的ニーズのある子どもは、初等教育段階で22%、中等教育段階で20%となっている。5人にひとりは、特別な教育的ニーズがある子どもとされている。
 地方教育局の課題は、活用可能な初等中等学校における特殊教育サービスを産み出すことであり、それを手がかりに、子どもが特別学校から通常学校に移ることを保護者に納得してもらう必要がある。
 インクルージョンは、コストが少ないという意見もあるが、子どもに適切な教育を提供していけば、反対にコストが高くなる場合も考えられる。

2)保護者の権利、選択権
 1978年のウォーノック報告では、特殊教育において、保護者は、子どもの教育を共に作り上げるパートナーとされた。法定評価、「判定書」作成においても、保護者の意見は重要なものとされている。1993年教育法で、保護者の立場を支え、擁護する制度として、特別な教育的ニーズに関する裁定委員会、ネームッド・パーソン(指定相談者)の制度が定められた。
 近年、障害のない子ども(「判定書」はないが特別な教育的ニーズのある子どもを含む)の就学についての手続きが整理され、保護者の不服申し立ての手続きが明確化された。

3)特別な教育的ニーズの認定と特別な教育的手だて
 1981年教育法により、重度で複雑な特別な教育的ニーズのある子どもは、「判定書」を作成し、それに、特別な教育的手だてを明記することが規定された。
 1994年の実施規則(コード・オブ・プラクティス)により、「判定書」を有しない特別な教育的ニーズのある子どもの認定とその支援について規定された。特別な教育的ニーズという概念は、学習不振な子ども、英語が話せない子どもを含むか否かなど不明確さを残すものの、政府は、5人にひとりの特別な教育的ニーズに対応していこうと努力している。
 近年、1995年の障害者差別禁止法の影響もあり、「特別な教育的ニーズのある子ども」とともに「障害のある子ども」という表現も再度使用されつつある。

4)初等教育・中等教育学校での支援
 インクルージョンに向けて、1993年教育法では、通常学校であっても特別な教育的ニーズに応じるための学校方針を設定すること、また学校での特別な教育的ニーズに応じた教育の実施、調整を担当するSENコーディネーターをおくことが規定された。
 インクルージョンの実現のために、通常の学校における支援サービスが充実してきた。例えば、地方教育局が巡回指導サービスを提供する部門を持ち、豊富なスタッフを活用している例があった。また、インクルージョンを実現している学校では、特定障害(自閉症、聴覚障害等)に専門化したメインストリーム学校(初等中等学校)という例もあった。さらに、巡回サービスを提供するだけで、在籍する子どもがいないリソースセンターとしての特別学校があった。
 通常学校では、特別学校と同様に、教師だけでなく、アシスタント、保育士などの多用な職種を活用しつつ、その教育を提供していた。

5)特別学校の役割
 インクルージョンの展開で、特別学校の機能が変化することが求められている。しかしながら、その機能が拡大した特別学校はまだ少ない。訪問した特別学校は、センター的機能を充実させ、巡回サービスや研修機能を果たしていた。

 
2.日本における今後の検討課題
 英国での調査結果を踏まえると、日本における今後の検討課題としては以下のことが挙げられる。

1)教員養成と実践研究
 調査を通して、インクルージョンの展開にとって教員養成・教員研修は不可欠であることが明らかにされた。これを踏まえれば、我が国においては当面、すでに幼稚園および小・中学校にいる障害のある子どもへのサポートについての実践研究が急務である。各地の教育委員会・(特殊)教育センターと、障害のある子どもが通常学級に在籍している小中学校との連携を中心に、盲・聾・養護学校や当研究所が協力して先行研究プロジェクトを発足させる必要があると考える。
 また、実践研究における重要な観点のひとつは、どの子どもにとっても「教育の質を低下させない」という命題であろう。このためには、親の意見を取り入れるなど、第3者の評価が必要かもしれない。

2)「一人ひとりが違っている」教育の実施
 教員研修の場だけではなく、障害をもたない子どもに対しても「障害の有無にかかわらず、一人ひとりが違っている」「違って当たり前」の教育を実施していく必要がある。これには、これまでの交流教育の経験を踏まえるとともに、いじめへの取り組みを含め、個々の特別な教育的ニーズに応じる教育が必要である。

3)盲・聾・養護学校の役割の拡大
 障害のある子ども達とその保護者にとって、盲・聾・養護学校は、特殊教育のサービスの幅が今後拡大されたとしても、重要な教育機関であるという位置づけは、堅持すべきであると考える。したがって、今後とも教育の質を低下させない実践とその研究が必要である。
 盲・聾・養護学校は現在、就学前の子ども、特に3歳以下の幼児に対する教育相談の充実とともに、地域のセンターとしても役割の拡大が求められている。我が国においてもインクルージョンへの指向が強まれば、その役割の一環として、通常学級へのサポート機能が必要とされるようになってくる。
 以上のことを考えれば、盲・聾・養護学校に勤める教員の質と専門性がますます問われると考えられる。教職員の人事異動の激しいことの弊害としては、教師個人の実践力が育ちにくいとともに、学校全体としての知識・経験の蓄積が十分発展しないことが挙げられる。英国のように、独自の教育を推進できる私学の盲・聾・養護学校が少ない日本においては、モデル校としての質の高い公立校の存在は欠かすことのできないものであり、このモデル校が減少していく危惧もある。
 盲・聾・養護学校の役割の拡大・充実と、インクルージョンへの取り組みは、同時並行で進めていく必要があると考える。

(徳永 豊、菅井裕行・川住隆一)
訪問調査に際しての対応者
( )内は、対応者の身分と所属である。


第1次調査(2000年3月4〜14日)
<London>
Ms.Mela Watts(Dupty Divisional Manager, Special Educational Needs Division, Department of Education and Employmnet(DfEE))
Ms.Kim Sibley(Dupty Divisional Manager, Special Educational Needs Division, (DfEE))
Mr.Ian Harrison(Director of Education and Deputy Chief Executive, Newham Council Education Department)
Ms.Barbara Buke(Assistant Director, Newham Council Education Department)
Mr.Colin Hardy (Planning & Support Inclusive Education, Newham Council Education Department)
Ms.Brigid Jackson-Dooley (Head teacher, Cleves Primary School in Newham)
Mr.Albie Godson (MSI/Deafblind Specialism Leader, Whitefild Schools and Centre)
Ms.Andrea Davies (CIS/Deputy Head, Whitefild Schools and Centre)
Mr.Iain Burnside (CPDI/Deputy Head, Whitefild Schools and Centre)
Dr.Ingrid Lunt (Reader in Educational Psychology, Insitute of Education University of London)

<Edinburgh>
Mr.Martin Vallely (Professional Services Manager, Education Support Services Education, The City of Edinburgh Council)
Mr.Ian H.Elfick (Head teacher, Graysmill School)
Ms.Margaret Girdler (Assistant Head Teacher, Graysmill School)
Ms.Barbara Ramsay (Assistant Head Teacher, Graysmill School)
Ms.Margaret Donaldson (Head teacher, Prospect Bank School)
Ms.Lynda Nichol (Assistant Head teacher, Prospect Bank School)

第2次調査(2001年6月17〜24日)
<East Sussex>
Ms.Denise Smith (Senior teacher for Visual Impairment, Filsham Valley School, Hastings)
Mr.Penny Burton (Specialist teacher for Visual Impairement, Filsham Valley School, Hastings)

<London>
Dr.Sheila Coates (Head of Service for Autism, the Chinnor Resource Unit)
Ms.Caroline Day (the Chinnor Resource Unlt, Lord Williams's School)
Ms.Anne Taylor (the Chinnor Resource Unit, Lord Williams's School)
Ms.Lucy Mettyear (SENCO, Lord Williams's School)
Ms.Sandie Middleton (the Chinnor Resource Unit, St. Andrew's CE Primary School)
Ms.N. Boddam-Whetham (Head Teacher, Egerton Rothesay School)
Ms.P. Upson (SENCO, Egerton Rothesay School)

<Birmingham>
Ms.Sheelagh Maloney (Head of Inclusion Consultancy Service, Birmingham LEA)
Ms.Fran Stevens (Staff of Inclusion Consultancy Service, Birmingham LEA)
Ms.P.B Cunningham-Dexter(Head Teacher, Bournville Infant School)
Ms.P.Whittaker (Head Teacher, Hall Green Secondary School)
Mr.Kevin Collins (Head Teacher, Great Barr Primary School)
Dr.Norman Brown (Professor, University of Birmingham)


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