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本文 III 主要国における特別な教育的ニーズを有する子どもの指導について
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V 学校システムをめぐる諸課題
1.就学手続きと特別な教育的ニーズ
1)初等教育学校への就学手続き
 先ず英国では、新学期(年度)が9月から始まり、3学期制である。義務教育は5歳の誕生日を過ぎた日の次の学期より就学することになっている。日本のような入学式はない。しかしながら、それ以前に、学校で教育を受けていることが多い。5、6歳の子どもが小学校1年生であり、それ以前に準備学年(レセプションクラス)がある。
 この準備学年には、5歳になる年度の9月から、在籍することを薦めている。誕生日が遅い子どもは、4歳になったばかりで、この準備学年に在籍することになる。
 準備学年では、9月の年度開始時は部分参加である(フルタイムでない)。1学期の後半(第1学期後半、11月中旬開始)から、9月生まれから2月生まれの子どもがフルタイムになり、それ以外(3月生から8月生まれ)は、3学期(4月開始)からフルタイムになり、学校生活に慣れた段階で、1年生を開始する。
 この手続きを準備学年で行うので、学校選択は、準備学年に籍を置く前の1年間で行われる(つまり、3歳になったばかりの子どもが含まれる)。
 8月31日生まれの子どもの場合には、3歳の誕生日を迎えた次の日が新学期の開始となる。3歳を過ぎた子どもがいる保護者は、9月、10月で学校の情報を集め、保護者の希望する学校を決めることが求められる。第1希望の学校あて(地方教育局でなく)に、1月末までに、希望する学校を第1候補と第2候補別に記載した書類を提出する。その情報をもとにして、学校の定員や選択基準(校区や兄弟の学校、宗教)を考慮しながら、学校が、その子どもを受け入れ可能かどうか決定する。第1候補の学校が受け入れを決定したかどうかは、4月末までに保護者に通知される。候補が認められなかった場合には、決定への不満、新たな希望へ対応しつつ、保護者と候補学校問での調整が行われる。地方教育局は、その補佐的な役割で、対応が難しいケースのみ介入する。最終的な決定通知は、準備学年に在籍する前の5,6月に地方教育局から郵送される。
 ここでの学校決定は、第1学期(9月開始)から準備学年に在籍しなくても有効であり、特に3月から8月生まれの子どもの場合は、第3学期(4月開始)まで有効となる。
 このような状況を理解すると、日本の就学手続きと異なる点として
(1)義務教育が1年早く5歳の誕生日を過ぎてからである。
(2)1年生の前に、準備学年がある(就学の徴調整の期間でもあろう)。
(3)準備学年の参加は、子どもの成長や保護者の希望で柔軟にできる。
(4)準備学年の前の1年間に、就学手続きがある(3歳の子どもの保護者の課題となる)。
(5)就学手続きの第1段階、第2段階は、学校と保護者の相互調整で進む。対応が難しい場合に、地方教育局が調整に入る。

2)子どもに特別な教育的ニーズがある場合の就学手続き
 子どもの特別な教育的ニーズが複雑な場合は、法定評価を経て特別な教育的ニーズに関する「判定書」が作成される。その過程で、就学する学校については、保護者の意見を含め、地方教育局で決定される。その際には、「特別な教育的な手だてを準備する責任のある者は、保護者の意向がどのようなものであれ、基本的には、その手だては通常の学校において準備されるべきであるということを理解する義務がある」という点が尊重される。
 また、法定評価の段階にある子どもや「判定書」はないが特別な教育的ニーズがあることが明確な子どもの場合も、特別な教育的ニーズがない子どもと同様の手続きをとることが求められている。新たな実施規則案(2001)では、「学校が子どもの特別な教育的ニーズに対応できないことを理由として、その子どもの受け入れを拒否できないこと」が明確に述べられている。
 特別な教育的ニーズのある子どもを学校に受け入れる場合には、そうすることで学校の到達度評価を下げる原因になり、ある学校は消極的な場合がある。しかしながら、新たな実施規則は、法律的にそれを禁止する方向に動いている。この背景には、1995年の「障害者差別禁止法(DDA)」の影響が大きいと考えられる。

(徳永  豊)
資 料
・Borough of Poole: Parents’Guide to Schools in Poole.1999.
・Department for Education and Employment: Full Version of SEN Code of Practice. http://www.dfee.gov.uk/sen/standard.htm 2001

2.特別な教育的ニーズのある子どもの教育に携わるスタッフについて
 英国の学校教育における特別な教育的ニーズのある子どもへの支援には、有資格の教師以外にも様々な職種のスタッフが関わっている。それらは、学校専属の場合もあれば、巡回の場合もあり、雇用形態もフルタイムとパートタイムの両方がある。どのような職種のスタッフが配置されるかは、その学校の方針と、個々の子どもの特別な教育的ニーズの内容によって決まる。「判定書」に必要な支援スタッフに関する記載があれば、学校はその配置を義務づけられるが、記載がなかったり「判定書」を所持していない場合は、個々のケースによって事情が異なっている。有資格の教師以外に教育の場で働くことの多いスタッフとしては、教育心理学士、アシスタント、特別なニーズ教育専門家(視覚障害、聴覚障害、感覚重複障害、自閉症など)、理学療法士、作業療法士、言語療法士、カウンセラー、などがある。
 通常の学級においては、教員資格をもつ教師が、アシスタントの協力を得ながら指導を行い、子どものニーズによっては専門的な技能や知識をもつスタッフも関与する。ただし、視覚障害、聴覚障害、感覚重複障害に関しては、特別に学級を編成する場合には、その障害に関する専門教育資格を有した教師を配置することが義務づけられている。特別学校では、特殊教育に関する資格(主に障害別)を有する教師が、アシスタントの協力を得ながら指導を展開し、子どものニーズによっては専門的な技能や知識をもつスタッフも関与する。特殊教育の専門資格は大学や認定を受けた特別学校等で行われている養成講座(種類によって1年から2年間)を受講することによって得ることができる(表19参照)。また、これら補助スタッフの採用は主に新聞広告上での募集によっている場合が多い。

表19.資格取得コースのリスト
提 供 校 コ ー ス 内容 応募者数
(1998/1999)
受講者数
(1998/1999)
遠隔教育の有無
バーミンガム大学 大学院レベルのディプロマ
(特殊教育: 聴覚障害)(学士)
39/45名 37/43名
バーミンガム大学 大学院レベルのディプロマ
(特殊教育: 感覚重複障害)(学士)
24/24 24/24
バーミンガム大学 大学院レベルのディプロマ
(特殊教育: 視覚障害)(学士)
- 54/52
ハートフォードシャー大学 大学院レベルのディプロマ
(聴覚障害)
16/15 16/15
リーズ大学 聾児の教育に関する
上級ディプロマ
17/13 13/8
マンチェスター大学 聴覚障害児の教育に関する
上級コースのディプロマ
22/19 19/17
オックスフォード・ブルクス大学/マリーヘアー・グラマー聾学校 教育研究に関する大学院レベル
のディプロマ(聴覚障害)
14/12 12/9
ロンドン大学教育研究所/全英盲人協会 特別な教育的ニーズのある子どもの
教育および心理、上級ディプロマ
9/15 6/14
ホワイトフィールド学校とセンター/キングストン大学 大学院レベルのディプロマ:
専門教育研究(特別な教育的ニーズ)
(感覚重複障害)
68/41 65/36
(Report on a review of the existing MANDATORY QUALIFICATIONS. March 2000より)

3.特別学校の働きと今後の使命について
 ウォーノック・レポートと教育法によって、その後の英国の特殊教育はインクルージョンに向けて動いていくことが方向づけられ、実際近年は障害のある子どもの通常学校への就学が増加し、特別学校のいくつかは規模が縮小し、あるいは廃校になった。ここ数年の中で特別学校に在籍する生徒数は僅かではあるが、減少しており、2001年現在の在籍率は1.14%である(ユニットは除く)。この流れの中で将来の特殊教育をめぐって特別学校の必要性を支持する人々と、廃校論を唱える人々との問での論争をはじめ、種々の議論が現在も続いている。中央政府は、将来の特別な教育的ニーズを有する子どもの教育は可能な限り通常の学校で行われることが望ましいとしているが、特別学校の重要性もまた繰り返し指摘している(A programme for Action,1998.)。
 これまでに、可能な限りすべての子どもが通常の学校で学べるように条件整備が進められてきているが、現状はまだ理念に追いついていない。特に、通常学校の中での特別な教育的ニーズに対応する支援サービスが質量ともにいまだ不十分であるために、いったん通常学校に入学したものの、より必要なサービスを得るために、特別学校に入り直すというケースも生じている。特に、通常学校が教科教育を基盤としたナショナル・カリキュラムに則ることが義務づけられている今日、教科へのアクセスが容易ではない重度・重複障害や感覚重複障害を有する子どものかなりの割合が、特別学校に在籍しているのが現状である。
 一方、特別学校においても可能な限り通常学校との交流が進められつつある。現在も特殊教育に関する専門性に関しては、まだ特別学校がその維持、発展に大きく貢献している。多くの私立の特別学校では、独自のカリキュラムを開発し、各障害に関する民間団体との強い連携のもとで質の高い支援サービスを実施している。今後特殊教育に関わるスタッフの専門性を維持、発展させていくためにも特別学校の必要性は当分重視されていくものと思われる。すでにいくつかの地域では、特別学校が地域における特殊教育の専門支援に関するセンター的役割を担っている。情緒障害や感覚障害の特別学校の中には通常学校への外部支援サービスを始めているところもある。バーミンガムにおける「インクルージョンにむけての方略」(2001年)においても、特別学校のスタッフが有する専門性と技術が高く評価されており、これらを失わないようにすべきであり、それらの高い専門性を通常学校のスタッフと分かち合うことを目標とする旨が明確に記載されている。

(菅井 裕行)
4.特殊教育費について
1)特殊教育実態調査報告書のデータから
 1992年に出たイングランドの特殊教育実態調査報告書(Getting in on the Act: HMSO)のデータには、通常学校と特別学校のコストの比較があり、1990/91で、養護学校が8000ポンド(約160万円)で、通常学校が1500ポンド(約30万円)である。この比は、約5.2倍となっている。さらに別のデータは、障害別のコストを扱っており、学習における困難さの程度や情緒的問題行動の有無でコストが違い、自閉症等の子どもであれば、11000ポンド(約220万円)となっている。これは、通常学校での子どもひとりを30万円とすると、約7倍となることが推測される。

2)英国教育雇用省の研究から
 次のデータは、英国教育雇用省のプロジェクト研究の1998レポート(Research Brief, No.89)からである。学習困難(知的障害)のある子どもを対象とした研究である。障害を、軽中度困難、重度困難、情緒行動困難、感覚障害・医療的対応に分けて分析している。
 同じ障害においても、そのコストは学校間で変動が大きい。重度困難で、1,700ポンド(約34万円)から9,700ポンド(約190万円)まで、軽中度困難に、情緒行動困難の重複障害で、2,300ポンド(約46万円)から10,000ポンド(約200万円)まで幅がある。
 特別学校のコストは、通常学校のコストより高いとされている。軽中度困難の子どもで80%増であり、特別学校が7,200ポンド(約150万円)で、通常学級が3,900ポンド(約78万円)となっている。
 中学校で、重度困難に、感覚障害・医療的対応が重複すると、コストは18,600ポンド(約370万円)で、軽中度困難の子どものコストである3,600ポンド(約72万円)の5倍以上となっている。
 小学校で重度困難と情緒行動困難の子どものコストである12,800ポンド(約256万円)は、軽中度困難の2,500ポンド(約50万円)の5倍以上で、軽中度困難と情緒行動困難の3,600ポンド(約72万円)の4倍である。

3)1999年OECDの報告書から
 次のデータは、OECD1999のインクルージョンの報告書(Inclusive Education at Work)に示されているものである。インクルージョンの展開で、通常の学校で特別な支援サービスを受ける子どもが増加している。そうなると、そのコスト全体は高くなっていく。
 特別学校が通常学校に比べて、1.2倍、または5.0倍コストがかかるという研究があるが、一方で、特別学校のコストより、インクルージョンで通常学校の方がコストは高いという反対結果を示す研究もある。
 英国の国別報告に記載されているコストのデータによれば(p219)、特別学校で中度の学習困難であれば、コストは3,800ポンド(79万円)となる。特別な教育的ニーズに応じて教育を提供する通常学校であれば、それが4,700ポンド(94万円)となる。このデータからは、特別学校のコストと通常学校のコストに違いがあり、通常学校が若干高くなっている。

4)査察報告書からのデータから
 表20に、教育水準監督局の学校査察にもとづく、教育費のデータが示してある。1999年のデータで、2000年に公開されたものである。特別学校でも障害の種別によって、コストは異なる。
 平均すると初等教育学校が、1,615ポンド(約32万円)であり、特別学校が8,357ポンド(約170万円)で、おおよそ5、6倍のコストになっている。

表20.子どもひとりあたりの平均教育費(ポンド)
初等教育学校* 1,615
中等教育学校** 2,338
特 別 学 校*** 8,357
軽度学習困難 5,739
情緒行動困難 10,132
重度学習困難 9,427
肢体不自由 9,582
* Primary School National Summary Data Report(Annexe to the Primary PICSI and PANDA)2000
** Secondary School National Summary Data Report (Annexe to the Secondary PICSI and PANDA)2000
*** Performance Assessmet and National Contextual Data(PANDA)for Special Schools 2000
 
5)調査訪問の記録から
 訪問した養護学校の資料やインスペクション報告から次のデータを拾い上げた。特別学校プロスペクト・バンク学校は、スコットランドにある知的障害の子どものための特別学校で、トータルコストが年間415,795ポンド(約7,068万円)であった。子ども数が58人であり、子ども一人あたりのコストは、年間7,169ポンド(約143万円)であった。
 プール市の公立の肢体不自由・知的障害特別学校である、モンタキュー学校は、トータルコストが年間603,171ポンド(約1億253万円)、子ども数70人で、子ども一人あたりは、年間8,042ポンド(約161万円)であった。さらに、プール市にある私立肢体不自由特別学校であるビクトリア学校は、トータルコストが年間で、1,889、651ポンド(約3億2124万円)、子ども数110人であり、子ども一人あたりのコストは、年間18,066ポンド(約360万円)であった。いくつか見学した学校の中でも、ピクトリア学校は、特にコストをかけている学校で、その地方教育局の教育心理学士もコストが高いと嘆いていた。
 小学校の教育費の例としては、ボーンビル・インファント学校がある。この学校は、バーミンガムにある公立小学校で、生徒数286人、トータルコストは年間55万ポンド(約9,350万円)、生徒一人あたりの予算は1,840ポンド(約31万円)である。アシスタントの費用が学校予算から77,021ポンド(約1,309万円)、地方教育局から4,647ポンド(約79万円)支出されている。またこれとは別にインテグレーションを推進するために一人のアシスタントが教育局の予算で雇われており、パートタイムのアシスタントが2人、学校予算と、中央政府からの予算で雇われている。中央政府からの予算額は18.611ポンド(約316万円)であった。

6)インクルージョンのコスト
 子どもの特別な教育的ニーズに応じた教育的な支援を提供すれば、当然だがコストは高くなる。特別学校は、複雑なニーズのある子どもが適切な教育を受ける学校であり、小中学校と比較すれば、そのコストは高い。
 インクルージョンは、特別学校にいる子どもを小中学校で対応しようとする方向であり、それが進めば、コストの節約になるという主張がある。しかしながら、小中学校で、ニーズに応じた教育を提供すれば、それにコストがかかるので、この主張は誤りであろう。
 調査で訪問したニューハム地区では、インクルージョンを進めれば、コストはかかるという話があった。子どもの特別な教育的ニーズに適切に応じようとすれば、それなりのコストがかかることの方が、ほんとうのインクルージョンではないだろうか。
 また、コストについて英国と日本を比較検討する際に注意しなければならない重要な点がある。それは、特別学校が対象としている子どもの状態に大きく違う点である。日本の盲・聾・養護学校では子どもの障害が、重度で、重複している。障害の重い少ない数の子どもが教育を受けているのが、日本の特殊教育諸学校である。そのように考えれば、当然それに必要なコストは高くなるわけである。
(徳永  豊・菅井 裕行)
資 料
・Audit Commission/HMI: Getting in on the Act: Provision for Pupils with Special Educational Needs; the National Picture.1992.
・Department for Education and Employment: Research Brief No.89. Cost and Outcomes for Pupils with Moderate Learning Difficulties in Special and Mainstream Schools. 1998.
・OECD: Inclusive Education at Work. Students with Disabilities in Mainstream Schools. 1999.
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